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江戸編・予告!!
蛇骨長屋での生活が始まって二年が経った年の瀬。
穏やかな冬の朝を迎える二人……。
『もっとこっちへ寄りな。凍えるぜ』
『長崎に、雪が降るのですね……』
『大陸が近いせいだろうが、こんなに積もるのは珍しい……これを、おまえに見せたかったのだ』
『ええ、ええ、夢のように美しい……嬉しゅうございます』
京都から長崎へと巡り、出島を見下ろす丘の上に立つ破れ長屋の一間……蓮之介がかつて暮らした一間から、彼が見せたいと手紙に書いてよこした程の美しい雪景色を見つめながら主碼……いや紫野はあの日、蓮之介に全てを捧げた。
雪の寒さを忘れるほどに暖かく優しい蓮之介の愛撫の記憶は、まだはっきりと紫野の五体に刻まれている……。
初めて結ばれた日を思い出しながら、まだ火照っている体に刻まれた幸福を辿り、蓮之介の寝顔を愛しげに見つめる紫野。
そう、彼はもう吉川主碼という名を捨て、原口紫野として暮らしていた。
紫野、そう呼ばれることにも慣れてきた昨今、その名はそのまま忘れてしまえるかに思えた……。
「先生、いるかいっ」
二人の静かな朝に踏み込む浜倉平蔵と長次。
押し込み強盗の被害に遭った店の検視を蓮之介に依頼するために蓮之介を叩き起こしたのだ。
一家惨殺の凄惨な現場。その太刀筋は、あの直神刀流……。
そんな中、河原崎座で評判だという芝居に、長屋の住人で正体の知れぬ浪人・袴田清十郎が紫野を誘う。
強引に連れ出された芝居の題名は『吾妻情話』
6年も前のあの一色家騒動が、舞台で再現される……。
見えぬ因縁が二人に纏わり始める……。
清十郎と二人で深夜に帰宅した紫野の姿に、猛烈な嫉妬をぶつける蓮之介。
「すまん、この通りだ。どうしてもお見せしたい興業があってお誘いしたが、舟が中々空かなくてな、遅くなってしまった」
「舟ねぇ……猪牙の中で、手でも温めあったかい」
「おい、左様なことは……蓮さん、本当だ」
「てめぇにゃ聞いてねぇや、このすっとこどっこいっ! おい、どうなんでぇ、紫野。瀬乃さんに頂いた一張羅に紅差して、逢引たぁ良いご身分だぜ」
「どうか紫野先生を叱らんでくれ。某が悪い」
「てめぇはスッこんでろいっ! 」
強く手を引いたまま診療室を突っ切り、蓮之介は寝室の障子を開けるなり紫野を中へと突き飛ばした。
畳の上に転がり、しどけなく横座りになったまま、それでも紫野は何も言わなかった。
雲が切れ、寝待ち月が姿を現し、二人の寝室に仄かな光を届けた。
乱れた裾の中から、紫野の白い太腿が柔らかな光に浮かび上がる。
「おめぇが間男こさえる訳がねぇ。何があった……その顔じゃ、一色家に関わることじゃねえのかい」
「蓮之介様」
ハッとしたように、紫野が蓮之介を見上げた。
「今日の現場、おめぇに見せずに済んで良かった。酷いのなんのって……鶴乃屋だが、あの水野家と関わりがあることがわかった」
膝をついて紫野の肩に触れる蓮之介の顔に、最早怒りはない。
「おめえのやる事には必ず理由がある……俺ァ、亭主だぜ、おめぇの」
紫野は目を見開き、その大きな瞳からはらはらと涙を零しながら、何かに怯えるように蓮之介にしがみついたのだった。
「清さんは私たちの素性をご存知です。あの方が私に見せたのは、吾妻情話なる芝居。一色家と水野家の経緯を知っている者が書いたとしか思えぬ筋書き。殿を裏切り、男と手に手を取って駆け落ちしたという主役の小姓は、恐らく、この私の事です……」
紫野を抱きしめたまま、蓮之介は闇を睨み、今日1日で二人の周りに起きた事を冷静に整理していた。
袴田清十郎の正体は!?
そして信州に預けの身であった綱堅は!?
紫野の前に再び、あの邪剣の師が現れた時、江戸市中が血に染まる……!!
蛇骨長屋診療所・江戸編
https://estar.jp/novels/26214179
間も無くスタートです!!
初回は9月1日、22時30分‼️
毎週土曜日深夜、更新!!
時々、連チャン更新あり!!
どうぞご期待ください!!
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