#01 魔法使いには、もうなれない

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 中学の思い出は、勉強しかない。休み時間はもちろん、廊下を歩くときさえ勉強するのをやめなかった。そのせいで、何度転んだかわからない。そんな姿を周囲にどれだけ笑われても、まったく気にならなかった。合格を手にするために、1分1秒も惜しかったから。 「なのに、マ組には不合格……か。悔しい気持ちはわかるけどさ、それでもここは、レットランだよ? 私からすれば普通科にはいれただけでラッキーって感じだし、しかも1組だなんて、家族みんな大さわぎだったんだから」  クルミはポケットから、いつも持ち歩いている手帳を取りだした。緑色の革表紙がついた手のひらサイズの手帳は、クルミの大切なお守りだ。ところどころ黄ばんだページにはなにも書かれておらず、表紙もどこかくたびれている。  これは、5歳のあの日に魔法使いさんと交わした、約束の(あかし)だ。この手帳があったから、どんなにつらくても前を向いてがんばることができた。 「う……うぅ……」  あの日のことを思いだすと、また涙がこみあげてくる。クルミを支えつづけてくれたその手帳を、両手でぎゅっと抱きしめた。約束の証は、たしかにここにあるのに――。 「あの無敵のクルミ=ミライだもんね……簡単にわり切れないのも、しかたないか」  学習机の上で丸くなったクルミを、マキがふわりと抱きしめた。 「今はしっかり泣きなさい。ただし、ウジウジするのは今日で終わり! 約束できる?」 「うぅ……ありがとう……」  ふいに、おばあちゃんの笑顔が浮かんでくる。  クルミは、1人残すおばあちゃんを不安にさせたくなかった。希望いっぱいでレットランへ入学するのだと信じていてほしかった。だから、家では一度も泣けなかった。  マキの優しい言葉で、たまっていた感情が一気にあふれだす。人前でこんな風に泣くのは、はじめてだ。頭のどこかで恥ずかしいと思う自分がいるのに、止められない。  日が完全にかたむくまで、クルミはそのまま動くことができなかった。
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