プロローグ

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プロローグ

 クルミはこれまでの人生、ただの一度も勉強で負けたことがない。  人生といったって、たかだか15年程度のものだけれど。  でも、だれよりも努力してきた自負がある。  当然、今回の試験も完ぺきだった。  落ちるはずがない。  むしろ余裕。  むしろトップ合格。  そう思って、合格発表の掲示板を見上げたのに。 「ない」  何度たしかめても、そこにクルミの受験番号はなかった。  これが、人生でたった一度きり、最初で最後のチャンスだったのに。  5歳のあの日、あの人と交わした約束。  ぜったいに魔法使いに――。 「なれなかった……」  クルミの手からこぼれ落ちた受験票が、地面に触れる寸前でふわりと風にすくわれる。  すこしうしろからそれを見ていたマキ=クミールが、目の前に落ちた紙を拾いあげた。 「――え? クルミ=ミライって……」  マキは大きな目をさらに見開き、前に立つおかっば頭を見つめる。 「ねぇこれ、あなたの受験票よね? あなたがあの、クルミ=ミライなの?」  驚きでうわずった声は思いがけずよく響き、掲示板を取り囲んでいたざわめきがやんだ。 「え? あの子が?」 「模試一位の……」  こそこそと話す声が地を()うように広がり、周囲の視線が集中するが、クルミは気づかない。  そのときクルミが見つめていたのは、「普通科1組」の合格者として記載された自分の受験番号だった。  セントール王国北部に広大な敷地を有するレットラン魔法学校は、全寮制の高等学校である。  たった3年のうちに、一般教養はもちろん、将来のための専門課程から魔法教育まで履修できることから、その人気は世界トップクラス。選び抜かれた秀才が集まる普通科からは、各界で活躍する優秀かつ著名な人材が多数輩出されてきた。  しかし、注目すべきは普通科ではない。  国家魔法師【通称:魔法使い】になれる唯一(ゆいいつ)の道である『国家魔法師養成専門学科』の存在こそが、レットランの名を世界に知らしめる所以(ゆえん)であり、クルミがこの学校を目指した理由だ。  8クラスある普通科の中でも成績最上位である『1組』への合格は、本来すばらしいことである。しかしクルミにとってそれは、国家魔法師養成専門学科【通称:マ組】への不合格を決定づける宣告でしかなかった。 ――完ぺきだったはずなのに、どうして。 「ねぇ、聞いてる?」  クルミの顔をのぞきこんだマキは、掲示板を凝視するその表情にぎょっとした。  まさか、あのクルミ=ミライが、不合格――? 「えっ? あ、ちょっと!」  とまどうマキの目の前で、真っ青な顔をしたクルミが膝から崩れ落ちる。 「大丈夫⁉ ねぇ……」  クルミの頭の中でノイズのように響いていた喧騒(けんそう)が、遠のいていく。まぶたの裏には、あの日見たコペルン彗星(すいせい)が流れている。  待って。置いていかないで。わたしもあの人の隣に。  そこでクルミの意識は、ぷつりととぎれた。  ――魔法使いさん。わたし、約束、守れませんでした――。
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