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フルーツゼリー
「ただいま」
たった4文字は、冷たい壁に吸い込まれていく。分かっていたけどね・・・
床に置いた買物袋から、ごろっと夕焼け色の果実が、私の足元に吸い寄せられていた。
昔のあなたが好きだったフルーツゼリー。
久しぶりに作ってみようと思うの。
あなたと買い物に行った時、買い物かごに入れていた材料を思い出しながら揃えた。
イチゴ マンダリンオレンジ マスカット
冷凍のベリーミックスまで買ってきた。
使い古したまな板の上で、果実は私の手により細かくなっていく。
「ウサギ型にしたい!」
そう言ってあなたが取り出していた型抜きはどこへ行ったのだろう。なぜあなたがあそこまでこだわっていたのか、今聞いても答えてくれない。
小さなドーム型の器に、花を咲かせるように規則正しく粒を並べる。久しぶりにワクワクする気持ちが蘇って、でも隣にあなたがいないことで、そのワクワクは幻になって、炭酸水と共におぼろげになった。
馬鹿げている。
分かってる。
ずっと同じままの幸せなんてこの世には存在しないんだ。あなただって時が経てば変わるし、私だって変わる。この冷え切った空間を受け止めるふりをして受け止めたくないのだ。
昔のあなたに戻ってほしい。
何度願ってしまっただろう。
輝きのなくなったあなた
潤いのなくなったあなた
純粋性がなくなったあなた
私は受け入れられなかった。受け入れられないまま、私とあなたの距離は広がっていった。
広がったままになってしまった。
じゃあ 今あなたが私の隣に来たとして
私はあなたと分かりあえると思う?
首を振れない。
ゼリーは冷蔵庫に入れれば固まって、食べてしまうまでそのままの美しさなのに
どうして人間は美しいままを残せないのだろう。
閉じ込められた思い出を愛でるように、私はあなたの元へゼリーを持っていく。
ふと 壁にかけられた鏡を見る。
かつてのあなたが 久しぶりに私と顔を合わせてくれたようだった。
毎日「ただいま」「おかえり」が交わって、一緒に台所に立っていた頃のあなた。
私は未だに、温かかった思い出を求めているのかもしれない。
小さな写真立ての前に、ゼリーを置く。
プルンっ と、小刻みに震えてあなたの顔に虹色の光が反射していた。
私はそっと手を合わせる。
「ただいま お母さん」
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