忘却の代償

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最も恐ろしい瞬間、最も痛みを伴った記憶が無差別に蘇り、泉を追い詰めた。何度もその記憶に囚われ、叫び声を上げたが、その声は森の中に吸い込まれ、誰にも届くことはなかった。 体は重く、動くことができなかった。何も見えず、何も感じることができない。ただ、心の奥底で渦巻く恐怖と苦痛だけが、絶え間なく彼女を苛んでいた。体中に感じる冷たい痛みは、針で刺されたように鋭く、そして絶え間なく泉を襲っていた。 森そのものが彼女の体を蝕み、血肉を貪り、骨の髄まで引き裂いていた。時折、彼女の体が何かに掴まれる感覚があり、その度に彼女の意識は跳ね上がり、冷や汗が流れ落ちた。 彼女がどれほど叫んでも、その声は誰にも届かず、どれほど苦しんでも、その痛みは決して終わることはなかった。 やがて肉体は朽ち果てて、泉は森を漂う影の一つになった。 森は彼女を完全に捕らえ、彼女が再び光を見ることはなかった。そして、複製体は何事もなかったかのように家族の中で生き続け、彼女が失ったものは、永遠に戻ることはなかった。
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