忘却の代償

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そしてある日、彼女は決意した。 街のはずれに広がる深い森、そこに足を踏み入れた者は皆、過去を忘れ、何もかもを失った記憶喪失の状態で帰ってくるという。その話は都市伝説として語り継がれていたが、彼女にとっては最後の希望に思えた。 忘れることができるなら、苦痛から解放されるなら、何もかも捨て去って、何か新しいものに生まれ変わってもいいと思った。 彼女は一歩ずつ、足を進めた。 冷たい風が彼女の頬を撫で、森の奥へと導いていった。木々の間からは薄暗い光が漏れ、そこには絶対的な静けさが漂っていた。鳥のさえずりも、動物の足音も聞こえず、ただただ自分の足音と風の音だけが彼女の耳に届いていた。 森は不気味なまでに静まり返り、まるでその静寂そのものに記憶を吸い取られるような気がした。 泉は森を彷徨い、深淵に足を踏み入れるに従って、森の邪悪な力が彼女を捉え、その魂を森の奥深く、誰も知ることのない場所に誘導していた。 ついにはその森の中心と思われるところにたどり着いた。そこには何もなかった。ただ広がる草原があるだけだった。そこだけぽっかりと木が生えていない空間だった。風がやみ、森は不気味なほどの静寂に包まれた。
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