忘却の代償

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泉は、目を閉じて深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくり息を吐くと、頭の中に蓄積された過去の記憶が渦を巻くようにして浮かび上がり、彼女の意識は闇の中へと沈んでいった。 泉は静かに横たわっていた。 そこは森の中心からさらに奥、木々が密集し、闇が深く重なり合う場所だった。日差しは決して届かず、ただ微かな冷気が漂うだけの場所。 風も音も、何もない世界の中で、泉の体は冷たく地面に縛り付けられていた。周囲には無数の黒い影が漂い、泉を取り囲んでいた。影は静かに蠢き、囁き声のような音を立てながら、彼女の体の周りを旋回していた。 泉の周りを取り囲む影のうちの一つが、ゆっくりと形を成し、やがて氷川泉の姿になった。だが、もはや彼女ではなかった。記憶を持たず、感情もないただの抜け殻。森の魔力が生み出した複製体であった。完全に泉の形を成すと、森は泉を静かに外へと送り出した。
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