忘却の代償

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その言葉は、泉の口から出ると、冷たい夜の冷えた空気の中へ溶け込んでいった。声は低く、掠れていた。泉の視線は相変わらず虚ろで、家族の反応を確かめることもなく、ただ静かにそこに立っていた。 家族は泉を家の中へと迎え入れた。母親は泉の肩を抱き寄せ、父親は無言で彼女の背中を支えた。泉の足取りは重く、家の中の温もりに触れても、彼女の表情には何の変化もなかった。家族は互いに視線を交わしながら、娘が帰ってきたという事実に安心しようと努めていたが、その胸の奥には小さな疑念を感じているようだった。 泉の記憶は、空白のままだった。泉は家族の中にいるのに、家の中に広がる温かさも、家族の愛情も、どこか遠い世界の出来事のようにしか感じられなかった。彼女の心は空虚で、何も感じることができなかった。それでも、泉はその場に立ち続け、家族の言葉を聞き流すように受け入れていた。
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