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「ただいま、中継がつながりました」
画面に映しだされた清潔感という言葉を体現したアナウンサーがいった。
「現場の竹井さん、そちらはどのような状況ですか?」
アナウンサーが呼びかけた瞬間、画面がきりかわった。
画面にうつしだされた男性レポーターは、テニスサークルの会計係をしていたような背格好をしている。
「こちら日本宇宙ステーションから中継しています」
「いまちょうど、日本初の月面着陸ロケットに乗組員たちが、搭乗しようとしているところです」
画面は切りかわり、はじめて月面着陸に成功したアポロ11号の乗組員とおなじような宇宙服をき、大きい地球儀のようなマスクをもつ4人の日本人が映しだされた。
彼らはゴミひとつ落ちていない、たいらで単色のアスファルトのうえを歩いている。
宇宙飛行士の4人は、すこし離れた位置にいる観客に手をふり、にこやかな笑顔をふりまいている。
乗組員の3人は男性。のこり1人は女性。彼女の名前は、月下美花。
美花の顔のアップが、画面に映しだされた。
陽光にてらされるとすこし茶色く輝くショートカット。すずしげな目は知性をかんじさせ、凛とした形のよい眉毛。
鼻筋は、水滴がするりと流れおちるようになめらか。ぷっくらとふくらんだ桃色の唇はセクシー。
(美花たん、きたーっ)
(今日も凛々しく美しい)
(これだけ技術が進歩しても、アポロのころとおなじような服なんだな)
(色じかけで、乗組員になったんだわ、このブスッ)
京都タワーほどの高さの月面着陸ロケット。その横にたつエレベーターに宇宙飛行士4人はのりこんだ。
エレベーターの扉がしまり、4人の姿は見えなくなった。
明るすぎるほどの照明に照らされたスタジオに、画面はもどされた。
「日本中が注目するロケットの打ち上げまで、あとすこしです」
(日本中が注目してねぇよ、主語がでけぇんだよ)
(アポロ11号が、ほんとに月面にいったのか、いよいよわかるのか)
(日本のいまの技術で打ち上げに成功するのだろうか?)
(税金をたっぷりと投入して、国民にメリットはあるのか?)
(打ち上げロケットが爆発したら面白いな)
日本人たちは、いろいろなことを考え、話しあっていた。
日本人のだれもが想像していなかった。
宇宙飛行士の4人が、月面で無残に殺害され、日本国民全員をまきこむ悲劇をひきおこすキッカケをつくるとは。
そんな悲惨な日本の未来をまったく想像していない能天気にも見えるアナウンサーがつぎのニュースを読みあげていた。
「日本初の二足歩行ロボット『シナノ』が、富士演習場の土をふみしめました」
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