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「ただいま、はいってきた情報です。いよいよ、日本初の月面着陸ロケットが発射態勢にはいったようです」
「現場の竹井さんにつなぎます」
日本宇宙ステーションが映しだされる。
京都タワーほどのロケットから、10kmほど離れた位置にたつ竹井アナウンサーが画面に映しだされる。
ロケットの横にあった赤と白の鉄骨のエレベーターは消えていた。
立派なエノキダケのようなロケットだけが、ポツンとさみしく屹立している。
「こちら現場の竹井です。現在ロケットに燃料のつみこみをおえ、いよいよ、ロケットの打ち上げまぢかです」
「あたらしい試みとして、宇宙飛行士のマスクに、小型のカメラがとりつけられています」
「ロケット内部の様子もカメラをとおして我々は見ることができます」
「画面の右端にロケット内の映像が写しだされていますでしょうか?」
スタジオのアナウンサーが「映しだされています、しっかりと映っています」と答えた。
ロケット内部の映像は、しっかりと映しだされていた。
着ぶくれし、オレンジ色の幼虫のようにも見える八本の腕が、淡々と作業をこなしている。
いそがしそうではあるが、動きには迷いがなく正確。
スイッチをいれたり、パネルの数値をたしかめたり、ひとつひとつの作業をしっかりとこなしている。
おそらく、なんども、なんども訓練した動きなのだろう。
(計器がいろいろあるけど、よくわからん)
(むかしのSFアニメのような光景だ)
(てきとうに動かしてるだけなんじゃないの)
(この映像は、どこかCGっぽいな)
しばらくすると、八本の腕の動きはとまった。
現場の竹井アナウンサーが、うれしそうに、はりきって大きな声でつたえる。
「打ち上げシーケンスにはいりました」
「いよいよ、10分後にロケットが打ち上げられると発表されました」
「日本人の期待と希望をせおったロケットがついに打ち上げられます」
(無事に打ちあがりますように)
(俺の期待と希望をせおわせた記憶はない)
(爆発しないかなぁ)
日本人がさまざまなことを考えているうちに、時はすぎていった。
スタジオのアナウンサーも、現場のアナウンサーも声をそろえカウントしだした。
「5,4,3,2,1,ゼロ」
ロケットの下部から、もくもくと白い煙がふきだしだした。
その煙は、ドライアイスを水につけたときのように急速にひろがった。
そして、大学の校庭ほどの広さのロケット発射場を雲海のようにおおい隠す。
煙の中央に位置するロケットの下部から、黄色と赤色、青色が混ざりあったまっすぐな炎が見えた瞬間、白いロケットはパチンコの弾のように勢いよく宇宙にむけて飛びだした。
白いロケットは、ぐんぐんと速度をあげる。噴出する白い煙すらおいていく速度で、空を駆けあがっていく。
地上にいるテレビカメラをどれだけ上にむけても、ズームしても、ついにロケットの姿をとらえられなくなった。
画面がきりかわる。
宇宙飛行士のマスクに装着されたカメラからの映像が映しだされた。
貧乏ゆすりをしている人間のように画面はこきざみにゆれ、壊れかけのアナログテレビのような雑音も聴こえている。
しばらくたつと、画面はゆれなくなり、雑音もとまり、防音設備のととのったカラオケルームにはいったように静かになった。
宇宙飛行士が、丸い窓からロケットの外を見た。
青い地球の4分の1が見えた。地球の向こうがわでは、命の源である太陽が燦然とかがやいている。
黒い宇宙と青い地球のあいだに、エンゲージリングのように神々しい太陽の光が煌めいていた。
大気圏を突破し、重力のくびきから脱した白いロケットは、ゆっくりと月へとむかいだした。
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