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「ただいま、スタジオに防衛大臣をむかえ月面にのこされた宇宙飛行士について討論しています」
月面の惨劇がおこってから一週間後のスタジオ。
男性のアナウンサーを中央に、防衛大臣や大学の教授、女性タレント、お笑い芸人たちが並びすわり、月面でおこった出来事について語りあっている。
宇宙飛行士たちの死体をどうするのか。
月面着陸ロケットは回収できるのか。
プロジェクトについやした税金、また宇宙飛行士の手当てには税金でまかなわれるのか。
などなど、防衛大臣にきびしい質問が飛んだ。
質問が飛ぶたびに、のらりくらりと質問をはぐらかし、そらし、うっちゃり、流れてもいない汗をハンカチでぬぐいながら、なにひとつ確かな答えをださない防衛大臣。
(ほんと大事なこといわない)
(たよりないな)
(昼行燈大臣)
アナウンサーのもとにADが黒子のようにちかづき白い紙をてわたした。
ちらりと白い紙をみたアナウンサーは、まっすぐにカメラをみつめ発言した。
「ただいま入手した情報です」
「月にすむ生物から、月面着陸ロケットをとおしメッセージがとどけられました」
「いまから、そのメッセージをながします」
宇宙飛行士になでられたうさぎが画面に映しだされた。
「キサマタチハ、ジョオウデアル、ワラワノアタマヲナデ、ワレワレヲブジョクシタ」
「コレカラ、ソチラニイキ、ヒトリノコラズ、ミナゴロシニシテヤル」
(宣戦布告だ)
(地球におりてこれるのか)
(どうやって言葉をマスターしたんだ?)
(逃げなきゃ、日本から脱出すれば助かるのか?)
(国という概念を理解しているのか?)
うさぎのメッセージは、寂しくて死ぬうさぎのように日本人の心をふるえあがらせた。
画面に映しだされているアナウンサーは歯をカタカタいわせ声がでず、大学教授は汚れてもいないメガネをふき、女性タレントはスマートフォンをとりだし凝視し、お笑い芸人は腰を半分ほど椅子から浮かし逃げようかどうか思案しているようだった。
誰もが混乱しているスタジオのなか、陸にうちあげられた深海魚のように死んだ目をしていた防衛大臣が、すくッとたちあがり、「公務があるので、これにて失礼」といい、スタジオから威厳をもちでていった。
うさぎのメッセージを聞いた日本人たちは、天ぷらを揚げていた油がひっくりかえったように、日本中がわきわった。
日用品と食料を買いだめる人間、銀行から金をひきだす人間、日本から逃げだそうと空港に殺到する人間、空港から逃げだそうとした政治家が集団リンチにあった。
総理大臣、そしてそのとりまきである上級官僚たちは、プライベートジェットで国外へ逃げだした。
警察、自衛隊も効率よく行動できず、日本のあちらこちらで、黒い煙がたちあがった。
デパートやスーパー、高級品をあつかう店、ありとあらゆる店が襲われだした。
襲撃者の数は、警察官と自衛隊よりもおおく、鎮圧、逮捕することはできないばかりか、派出所に便が投げこまれ、さらに警察署すら襲撃され武器をうばわれた。
安全と水が無料の日本神話はもろくも崩れさった。
混乱しきった日本の状況をおさめたのは、昼行燈といわれた防衛大臣だった。
昼食後の昼寝からさめたように、てきぱきと指示をとばし、その指示は効率的で的確。
警察と自衛隊を効率的にうごかし、けが人のうけいれ体制もしっかりと整えることに成功した。
また、うさぎたちの襲来にそなえ、二足歩行ロボット『シナノ』に武器をもたせ主要な都市へ配置し、日本のどこを襲撃されても即応できるように自衛隊の部隊も展開させた。
武器をもつ、黒光りする『シナノ』の姿は、とても頼もしいものだと日本人には思われた。
いにしえの戦艦大和・武蔵、コンテナ船の日章丸のように。
日本は、うさぎに負けないと希望をもてた。
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