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『あ、あれ、第一皇女じゃない?』
『うーん……そうかも? でも、いつもはあんなに着飾ってないよな?』
『あれじゃない? 颯懍のお嫁さんになるためにここへ来たのよ!』
『今日だっけ? 俺、何も聞いてないけど』
話しているのが人でも烏でも、もはやどうでもいい。話の内容は、明らかに自分に関係することだ。明霞は思わず声をあげていた。
「先触れもなく来てしまい、申し訳ございません! 私は鲁明霞、皇家の者です!」
明霞の声に、烏たちの羽音と鳴き声が止んだ。先程とは打って変わって、シンと静まりかえる森。
ドクドクと暴れる鼓動、ゴクリと息を呑む音、そんな微かなものさえ大きく聞こえる。
「あのっ……」
『第一皇女、明霞殿であるか?』
すぐ側の大木から威厳のある低い声が響き、すぐさまバサリという羽音がした。
「!」
気が付けば、明霞の前には一羽の烏がいる。
さすがに立ち上がった明霞よりは小さいが、それでも普通の烏の倍の大きさはあろう。そして、声に違わずその姿にも威厳があり、気品も兼ね備えていた。
明霞は慌てて膝を折り、頭を下げる。そうすべきだと直感したのだ。
「おっしゃいますとおり、私は皇家の第一皇女でございます」
『ふむ。イェン』
『了』
目の前の烏が名を呼ぶと、イェンと呼ばれた烏が返事をして、どこかへ飛び去っていく。その様を眺めていた明霞に、烏は言った。
『我が名はラオ。烏族の烏たちをまとめる長である。皇家から花嫁がやって来る話は聞いておるが、今夜とは知らなかった』
「申し訳ございません。あの、これは……義母と異母妹が先走った結果と言いますか……ご迷惑も顧みず来てしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
深く、深く頭を下げる。よもや土下座である。
『……皇女ともあろう者が、我に対しそこまで頭を下げるか』
呆れたような声にそろりと視線を上げると、ラオが気の毒そうにこちらを見ていた。本当にそうなのかはわからないが、声音を聞けばそのように感じる。
「申し訳……」
『そなたは何も悪くない。非がないというのに、そんなに簡単に謝るものではない』
「……はい」
『だが、相手の見た目や身分にかかわらず、誠意を持って接するその姿勢は良い。素直だしの』
「ありがとう……ございます」
人生の酸いも甘いも経験し、世の理を知り尽くした年配者と話しているようだ。厳しいけれど温かい、ラオからはそんな雰囲気が感じられた。
なんとなく安心して、身体からよけいな力が抜け、緩やかに明霞の口角が上がる。ようやく、笑えるほどの余裕ができた。
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