01.烏の巣へ

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「ラオ」  その時、明霞(ミンシャ)の背後から声がした。彼女は振り返り、息を呑む。  そこには、一人の男が立っていた。隠れていた月が顔を出し、その姿をはっきりと浮かび上がらせる。  夜闇に溶けるような黒い髪、光の加減によっては紫がかって見える。そして、こちらを見つめる双眸は、深い、深い、(あか)。首が痛くなるほど見上げなければならないほどの体躯は、細身でありながら鍛え上げられているのが布越しにもわかる。 『颯懍(ソンリェン)、花嫁が来たぞ』  彼は、ラオの言葉に吐息を漏らした。 「ラオまでそんなことを言うのか。……ったく」 『だが、彼女は強引にここへ連れて来られ、放り出された』 「何!?」 『そなたもこのまま捨て置くつもりか?』 「……」  男はラオを睨み、そして明霞(ミンシャ)を見た。  しばし、沈黙の時が流れる。 「……」 「……」 『皇女に風邪でもひかせるつもりか?』 「チッ!」  男は盛大に舌打ちすると、明霞(ミンシャ)に向かって忌々しげに告げた。 「仕方がないのでその身は引き受ける。だが、婚姻に同意したわけではない」 「もちろんでございます。ご恩に報いるため、精一杯尽くしてまいります」  咄嗟にそう応える明霞(ミンシャ)をまじまじと見つめた後、男は背後にいた女に後を任せるや、すぐさま姿を消してしまった。 「あーあ、もう。兄様は女性の扱いってものを知らなさすぎだわ!」 「あなたは……」  男と同じ濃紅(こいくれない)の瞳を持つ女は、明霞(ミンシャ)の手を取り立たせると、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。 「はじめまして、皇女様。私は烏族の次期長、(ツイ)颯懍(ソンリェン)の妹、春燕(チュンヤン)です」 「こちらこそはじめまして。明霞(ミンシャ)と申します」 「明霞(ミンシャ)様、我が一族の集落である “烏の巣” へお連れしますね」  いつの間にか馬車がきていた。二人が乗り込むと、ゆっくりと動き出す。すると、集まっていた烏たちもあちらこちらへ飛び立っていき、一部は馬車に並走するようについてきた。 「馬車を護衛しているみたい」  そう呟くと、春燕(チュンヤン)がそれに頷く。 「そのとおりです」 「……すごいわ。烏族の烏たちはとても頭がいいとは聞いていたけれど、本当なのね」 「はい! もちろんです!」  烏を褒められてとても嬉しそうな春燕(チュンヤン)を見て、明霞(ミンシャ)も微笑む。 (急なことだったけれど、何とか受け入れてもらえてよかったわ……)  本来ならば、追い返されても文句は言えなかった。しかし、追い返されたところで明霞(ミンシャ)にはもう帰る場所がない。  暗闇の景色をぼんやりと眺めながら、明霞(ミンシャ)はこれまでの出来事を思い返す。皇家に生まれてしまったばかりに、平穏とはほど遠い時間。  明霞(ミンシャ)は、静かに目を閉じた。
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