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烏族とは、諜報活動に長けた一族である。諜報だけでなく、時には暗殺も請け負う影の存在──。
彼らが味方でいる間は、各国の情報収集や汚れ仕事も任せられるので、非常に心強い。それ故、王は重用する。
皇家に重用されるということは、本来それなりの身分もあり、敬われる立場ではあるものの、その特異性から疎まれる存在でもあった。
また、彼らは一国に根を下ろしているわけではなかった。
烏族の長と国の王が契約を取り交わし、有効である期間はその国に忠誠を捧げる。つまり、現在は玄武皇国の王と契約しているからこの国に居を構え、尽くしているに過ぎない。
玄武皇国は、彼らをこの国に留めておきたい。他国は呼び寄せたい。
そのせめぎあいが、常に水面下で繰り広げられているのである。
烏族の有用性、重要性は、皇族でなくとも皆がわかっている。
だから、王はたった一言でよかった。
次期長に、皇女を嫁がせる──それが、この国に彼らを留める手段。
嫁いだ娘が寵愛されれば、次期長から次の長に代替わりするまで、この国に留めておける可能性も十分にあるのだから。
「そんなっ……!」
「陛下! 麗花は青龍皇国に嫁ぎたいと申しておりました! 釣り書きも送ってくださっていたはずですわ!」
「だが、返事は否。打診した第二皇子とは少々年が離れていることもあり、断られたではないか」
「離れているとはいえ、たった五年でございます!」
驚き動揺する麗花、訴える美麗、それに反論する雲嵐、彼らの姿を明霞はまるで他人事のように眺めていた。
麗花は派手好きで、決して貧しくはないのだがつつましやかな玄武皇国にあまり思い入れはないようだった。彼女は、大陸の東に位置し、皇都はどの国よりも華やかだと言われている青龍皇国に行きたいのだ。それには、婚姻が一番である。
青龍皇国には二人の皇子がおり、上の皇子はすでに婚姻済みだが、第二皇子にはまだ婚約者がいなかった。麗花はそこに目をつけたのだ。
青龍皇国の第二皇子、王哉藍は、紺青の髪に空色の瞳を持つ美丈夫である。
国内でも人気が高く、他国からも婚約を多数打診されているという。麗花はその中の一人となったが、己が選ばれると信じきっていた。
しかし、辞退という結果に終わる。
理由として年齢差を挙げられたが、哉藍は二十一で、麗花は十六。美麗の言うように、たった五年の差である。これくらいは珍しくもない。
要は体よく断られたのだが、麗花はもちろん、美麗もいまだ納得していなかった。
どうすれば哉藍を射止められるのか、それを模索していたにもかかわらず、今回の話である。二人にとっては寝耳に水だろう。
「烏族は我が国にとってなくてはならぬ一族、それは認めておりますわ。ですが、麗花を嫁がせることには異議がございます」
「麗花は、思わず目を見張る飴色の髪に、翡翠のような瞳を持つ美しい娘だ。次期長も気に入るに違いない」
「そのことについて異論はございませんが、このように素晴らしい娘には、華やかな世界、相手こそ相応しい。烏族の重要性は理解しておりますが、彼らは所詮影の一族、それに相応しい娘の方が良いでしょう」
「……何が言いたい」
「つまり、烏族の次期長に嫁ぐのは、麗花ではなく、明霞がよろしいかと」
美麗は、赤く彩られた唇を緩やかに上げる。次に、己の産み育てた美しい娘と明霞とを見比べ、蔑むように小さく鼻を鳴らした。
「明霞か。容姿は整っておるが、そのくすんだような白い髪は老婆のようだと言われている。それに、瞳もはっきりしない薄墨で、いささか地味であるように思えるが」
「陛下のおっしゃるとおりでございますわ。ですが、そんな色でも、美しく見えなくもございません。それに、次期長は二十一で、十八の明霞との方が分かり合えると思いますが?」
それを言うなら、哉藍とも明霞の方が合うということになるが、それは遥か彼方に置き去りである。
雲嵐は美麗を見て、重い溜息をついた。
この女に関わるのは骨だ。だから、王は彼女に背を向ける。
「いいだろう。では、烏族へは明霞、そなたが嫁ぐように。長にもそのように話しておく」
突然話を振られ、これまで他人事だった明霞は慌てて頭を垂れる。
「承知いたしました」
こうして、明霞と烏族の次期長、崔颯懍との婚姻は決まったのだった。
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