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「おかえりなさいませ!」
その場にいた全員が、恭しく頭を下げる。一足遅れて、明霞も平伏した。
「面を上げよ」
ズシリと腹に響くような低音の声に頭を上げると、凝った細工が施された椅子に、一人の男が座っていた。
短く切り揃えられた髪は白く、年期の入った皺が刻まれた容貌を見ると、かなりの年配かと思われた。だが、体格はよく、座り姿勢も美しい。体幹がしっかりしているのだろう。彼ならば、まだ現役だと言われても頷ける。
「玄武皇家、第一皇女の明霞殿ですな。まさか、本日こちらに来られるとは思わず、ましてや我らよりも早くご到着されるとは思いませなんだ。いやはや申し訳ない。私が烏族の長、崔勝峰、よろしくお願い申し上げる」
「いえ! こちらこそ突然押しかけてしまい、大変失礼いたしました。にもかかわらずご対応いただき、ありがとうございました。こちらこそ何卒よろしくお願いいたします」
「ふむ」
口を開くと、思いのほか軽い調子で驚いた。威厳のある容姿に声だというのに、その落差が大きい。
言葉を交わすのも畏れ多いというような雰囲気を醸し出しているのに、口調や動作の一つ一つがどことなくコミカルなのだ。
今も、きょとんとした表情でこちらを見つつ、首を左右にゆっくりと交互に傾けている。
「長」
「おぉ、颯懍。どうだ、お前の嫁は? 慎ましやかではないか。あの妹姫の方じゃなくてよかったなぁ」
「長!」
いつの間にやら長の側に控えていた颯懍が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
(妹姫の方じゃなくてよかった……ということは、勝峰様は、麗花を打診する予定だったことをご存じだったのね)
それに、長の話からすると、麗花がどのような娘かもよく知っているようだ。
彼らは玄武皇家に仕えているといっても、契約で結ばれた対等な関係。皇家のことも調べ尽くしているだろうから、それは当然だろう。
「なにせ、今夜はもう遅い。明霞殿もお疲れだろう。皇宮に比べれば狭い屋敷だが、ゆっくりと休まれよ。春燕、お前が専属となってお世話するように」
「承知いたしました」
「それと、颯懍、明霞殿はお前の花嫁だ。次期長の花嫁は、大切にしてしかるべき。心せよ」
「……承知いたしました」
颯懍の返事は春燕とは違い、不承不承といったものだが、長は満足げに何度も頷く。そして立ち上がると、明霞の元へと近づき、手を差し伸べ立ち上がらせた。
「ようこそ、烏の巣へ。烏族はそなたを歓迎する。ただし、ここへ来た以上、そなたはすでに皇族ではない。それだけはお忘れなきよう」
「もちろんでございます! よろしくお願いいたします!」
長の決定は一族の決定。
長の許しを得たことで、明霞は心の底から安堵した。
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