別れと最後の願い

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「夫が知ったら、どう思うかしら…?」 治療をしない事で、夫が自分の死期を悟るんじゃないかって、それも怖かった。 「飽くまで延命治療をしない場合です…。その場合は、入院して、経過観察する必要があると、僕から説明します」 「お願い!鈴木くん!夫を…千夜くんを守って!」 死が避けられないものだとしたら…せめて、夫には死期を悟られずに穏やかな最期を迎えて欲しい。 それしか私には考えられなかった。 「それは…延命治療をしないと決めた場合です。香澄さん、焦らないで下さい」 鈴木くんの声に、それでも私は冷静さを取り戻せなかった。 「どうするかは、お店に帰ってから、雅さんとも、じっくりと話し合って決めてください」 雅…。 「その上で、こちらも苦痛を緩和する方法をとらせてもらいます」 「鈴木くん…!!」 私は思わず彼に縋りついた。 泣きじゃくる私を鈴木くんは、優しくそっと抱きしめた。 その上で、私は決めた。 泣くのは今だけ。 夫の前では絶対に涙は見せない、と。 「落ち着きましたか?」 泣き腫らした目をした私は、我に返って、慌てて鈴木くんから離れた。 「ごめんなさい…夫に、逢ってくるわ…」 私は逃げるように、鈴木くんの返事も聞かずに診察室を出て行った。
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