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「こちらが医師咲良」
正確なドイツ語の発音でKが、客の一人を紹介する。
舞台によじ登って樹楽と一緒に踊っていた若い男だ。
「美容整形医です。言いにくかったらドクター咲良でいいよ」
馴れ馴れしい口調。麻薬が抜けていないのか、目元はトロンと濁っている。
相当マイペースな人間のようだ。
嫌いなタイプの男に、女刑事は顔を引き攣らせて後ずさった。
ドクター咲良の双眸は派手なピンクだ。さすがにそれは天然のものではあるまい。カラーコンタクトだと分かる。
「女刑事さんは何歳なの?」
「な、何よ。何でアンタにアタシのトシを言わなきゃなんないのよ」
「えーっ、いいじゃーん?」
ドクター咲良の不躾な態度に、ガーネットのこめかみが引きつる。
レオがそんな彼女の背中を無遠慮につついた。
「そんなヤツねほっといたらいっスよ。あとは、そこの傷だらけの大っきい人っスね」
「そ、そうね。アナタ、女ラッパーとはどういう……?」
暗い緑の目がガーネットを真っ直ぐ射抜く。女刑事はたじろいだ様子だ。
「オレは、ブラッド・ヴェルク。Kの兄で、25歳だ。日本人とドイツ人のハーフ。リュックザイテ警察署所属の特殊部隊に勤務していた、さっきまでは。それから──」
ブラッドは静かに続けた。
「カンナ、だ」
「え……?」
「女ラッパーじゃなくて、カンナだ」
物静かで辿々しい口調は、しかし凄みを帯びている。
コクリと頷くガーネットを、彼は続きを促すように見詰めた。
「な、何よ」
「だからさっきの話……『5』の事ですよ」
Kが口を尖らせて説明を求める。
急遽、臨時休業の札を出した店内。そこにいる全員がガーネットを注視していた。
「フゥ……」
何本目かの煙草に火をつけて、彼女は椅子に腰掛けた。
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