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「もっとも、うちの歌手のカンナさんを連れて行かれるのは痛いですがね。彼女は人気があるから、辞められるのは辛いんですよ」
「すまない、K」
まじめな顔で謝られると気が抜ける。Kは小さく笑った。
「我慢しますよ。兄の幸せの為に」
そこで思い出したように店内の時計を見やる。17時を20分過ぎていた。徐々に客が増えていく時間だ。
「カンナさん、遅いですね。遅刻なんて珍しい……。そういや、ウエイトレスもまだ出勤してきませんね」
後者の方は呆れた口調であった。店の看板でもある双子のウエイトレスの遅刻は連日の事だったから。
ブラッドが落ち着きない様子で額の傷跡をこする。
「ちょっと心配ですね、兄さん。この間だって……」
Kが言葉を濁す。
ゴット・シュヴェルツェン──この街はとかく物騒だ。
この間だって店のストリッパーが何者かに殺されたばかりだし、それでなくとも街には銃声と爆音が絶える事がない。
マフィアの抗争が激しくなり、最近は爆弾テロが頻発しているのだ。
探しに行こうと考えたのだろう。ブラッドがモニターをしまい立ち上がりかけた時だ。
『ネーベン・ガッセ』の扉が勢い良く開いた。
「遅れてすいませーん」
はっとして入口に視線を送った彼の表情が、再び曇る。
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