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別れの傷
10年も前に終わったはずの恋に、翔太はまだ執着していた。
自分の恋が終わった事はとっくに理解してるのに、心は今もあの時のままだった。
愛の言葉を囁き合い愛し合った次の日、突然二人の関係は終わりをつげた。
別れの言葉もなく、暴力より酷い言葉を投げつけられ、心はズタズタになった。
どうして彼がいきなりあんな事を言ったのか、その理由さえわからず傷つき、自分に非があったのではないかと自問自答する毎日。
諦めようと何度も自分に言い聞かせても、ふとした瞬間に彼のことを考えていた。
せめて、最後に優しい声で別れを告げてくれたなら・・・・・今頃は新しい恋を始めていたかもしれない。
生きる気力もなく、かと言って死ぬ勇気すらないまま、毎日をただ鬱々と過ごした。
あの日から10年の月日が流れたと言うのに、翔太の心は閉ざされたままだった。
日々の仕事に追い立てられるように、運ばれた患者を診る。
生きる希望を持った人達を救うのが、せめてもの自分の責務だと必死で生きて来た。
自宅へ帰るより、病院の宿直室で寝ることのほうが多く、どんな時でも患者優先で過ごした。
今夜も高齢の男性が運ばれて来た。
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血。
くも膜下出血は脳動脈瘤と言われる血管のふくらみが、ある日突然破裂することによって起こる。
器具の音がする手術室で有島 翔太は、奇跡の指と言われる手腕でカテーテル手術に神経を集中させた。
治療は再出血を防いで、それ以上の悪化を食い止め、脳の環境を改善する。
脳梗塞の治療はカテーテル治療に限らず時間との 勝負になり、とにかく1分1秒でも早く治療を受 けることが、その後の回復を大きく左右する。
早ければ早いほど命は救われ後遺症のリスクも少ない。
だからこそ、全力で治療に当たった。
彼がどんな人物でも、権力者だろうと犯罪者だろうと自分にとって大切な患者に変わりない。
数時間後、翔太は安堵の吐息を吐いた。
マイクロカテーテルを動脈瘤内に挿入し、プラチナ製のコイルを充填するコイル塞栓術を実施して、ようやく危機を脱出した。
手術室の張り詰めた緊張感が緩やかに解れていった。
疲れた身体を宿直室のベッドに横たえた。
灯を消し、目を閉じる。
夢の中には、あの頃の優しい彼がいる。
胸の奥で温かな光が見えた、若く逞しい龍太郎に抱きすくめられた。
幸せな夢の中でまどろむ。
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