突然の別れ

1/1
前へ
/139ページ
次へ

突然の別れ

そんな毎日が突然終わった。 それは本当に突然だった、久しぶりに別々に帰った日、遅れて帰った龍太郎(りゅうたろう)の様子が違っていた。 靴を脱ぐのももどかしく、部屋に上がるといきなり胸ぐらを掴んだ。 「お前・・・・・全部嘘だったのか・・・・・俺を・・・・・裏切ってたのか・・・・・俺の本気を笑ってたのか・・・・・」 翔太(しょうた)には意味の分からない言葉の羅列。 言い返す言葉も問いただす言葉も言えず、龍太郎(りゅうたろう)の顔を見つめた。 「龍太郎(りゅうたろう)・・・・・何があった?」 その時はまだ、この事態の深刻さを分かっていなかった。 もう少し落ち着くまで待つつもりだった。 「知らなかったよ、お前がそんな奴だったなんて・・・・・俺は・・・・・俺は・・・・・お前だけだったのに・・・・・お前が好きだった。お前を愛してた・・・・・」 ポロポロと涙を滴らせながら、翔太(しょうた)に訴えかけた。 喉を詰まらせ、涙を流しながら必死な顔で龍太郎(りゅうたろう)は言った。 それでも、翔太(しょうた)には、龍太郎(りゅうたろう)の言う言葉の一つも分からなかった。 「龍太郎(りゅうたろう)・・・・・何言ってるのか、分からないよ」 「死ぬまで、お前の裏切りは忘れない・・・・・覚えてろ」 龍太郎(りゅうたろう)の言葉が耳をすり抜けていく。 切羽詰まった様相も、口から溢れ出す言葉も、まるで他人事の様で言葉が出てこなかった。 言い訳しない翔太(しょうた)に、自分の言ったことが真実だと確信した龍太郎(りゅうたろう)は、翔太(しょうた)を突き飛ばすと、そのまま部屋を出て行った。 どうせ直ぐに戻るだろう、何かの勘違いをしているのだろうと、安易に考えていた翔太(しょうた)は、龍太郎(りゅうたろう)の本気を数日後に知った。 龍太郎(りゅうたろう)は、大学を辞めその後一度も現れなかった。 二人で暮らした部屋には、龍太郎(りゅうたろう)の物がそのまま残された。 一緒に学んだ教科書もノートも、二人抱き合って眠ったベッドには、龍太郎(りゅうたろう)の髪の毛も残っていた。 枕に残る龍太郎(りゅうたろう)の残り香が、翔太(しょうた)の胸を切なく掻きむしる。 あの日、龍太郎(りゅうたろう)に何があったのか・・・・・いまだにその理由は分からない。 興奮した龍太郎(りゅうたろう)に少しでも応えていれば、こんな事態にならなかったのだろうか・・・・・龍太郎(りゅうたろう)の必死さを少しでも分かってやれば・・・・・ 消えた龍太郎(りゅうたろう)の行方は分からないまま、時間だけが過ぎた。 希望を叶えて医師になったのに、自分の未来に夢は無かった。 あれ程、医師になる事を希望していた母も、国家試験に合格した直後に亡くなった。 誰もいなくなった・・・・・優しい母も、愛する男も・・・・・あの部屋は1年後に解約をした。 一年間彼の帰りをひたすら待った。 ドアの開く音に怯え、携帯の着信音にも手が震えた。 そんな日々に嫌気がさして、彼を忘れるために引っ越しを決めた。 彼の荷物は思い切って捨てた。 それでも、彼からプレゼントされた腕時計だけは捨てられなかった。 一緒に暮らして、初めてのホワイトデーに彼がくれたのは、自分が欲しかった腕時計だった。 なけなしの貯金で彼がくれたプレゼント。 嬉しくて堪らなくて、泣きながら彼に縋りつき無我夢中でキスをした。 そんな翔太(しょうた)に目を細めた彼も嬉しそうに翔太(しょうた)を抱きしめた。 あの時計は今も翔太(しょうた)の腕で時を刻み続けている。 忘れたいのに忘れられず、永遠に時を刻む腕時計の様に、翔太(しょうた)の気持ちもあの時のままだった。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加