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突然の別れ
そんな毎日が突然終わった。
それは本当に突然だった、久しぶりに別々に帰った日、遅れて帰った龍太郎の様子が違っていた。
靴を脱ぐのももどかしく、部屋に上がるといきなり胸ぐらを掴んだ。
「お前・・・・・全部嘘だったのか・・・・・俺を・・・・・裏切ってたのか・・・・・俺の本気を笑ってたのか・・・・・」
翔太には意味の分からない言葉の羅列。
言い返す言葉も問いただす言葉も言えず、龍太郎の顔を見つめた。
「龍太郎・・・・・何があった?」
その時はまだ、この事態の深刻さを分かっていなかった。
もう少し落ち着くまで待つつもりだった。
「知らなかったよ、お前がそんな奴だったなんて・・・・・俺は・・・・・俺は・・・・・お前だけだったのに・・・・・お前が好きだった。お前を愛してた・・・・・」
ポロポロと涙を滴らせながら、翔太に訴えかけた。
喉を詰まらせ、涙を流しながら必死な顔で龍太郎は言った。
それでも、翔太には、龍太郎の言う言葉の一つも分からなかった。
「龍太郎・・・・・何言ってるのか、分からないよ」
「死ぬまで、お前の裏切りは忘れない・・・・・覚えてろ」
龍太郎の言葉が耳をすり抜けていく。
切羽詰まった様相も、口から溢れ出す言葉も、まるで他人事の様で言葉が出てこなかった。
言い訳しない翔太に、自分の言ったことが真実だと確信した龍太郎は、翔太を突き飛ばすと、そのまま部屋を出て行った。
どうせ直ぐに戻るだろう、何かの勘違いをしているのだろうと、安易に考えていた翔太は、龍太郎の本気を数日後に知った。
龍太郎は、大学を辞めその後一度も現れなかった。
二人で暮らした部屋には、龍太郎の物がそのまま残された。
一緒に学んだ教科書もノートも、二人抱き合って眠ったベッドには、龍太郎の髪の毛も残っていた。
枕に残る龍太郎の残り香が、翔太の胸を切なく掻きむしる。
あの日、龍太郎に何があったのか・・・・・いまだにその理由は分からない。
興奮した龍太郎に少しでも応えていれば、こんな事態にならなかったのだろうか・・・・・龍太郎の必死さを少しでも分かってやれば・・・・・
消えた龍太郎の行方は分からないまま、時間だけが過ぎた。
希望を叶えて医師になったのに、自分の未来に夢は無かった。
あれ程、医師になる事を希望していた母も、国家試験に合格した直後に亡くなった。
誰もいなくなった・・・・・優しい母も、愛する男も・・・・・あの部屋は1年後に解約をした。
一年間彼の帰りをひたすら待った。
ドアの開く音に怯え、携帯の着信音にも手が震えた。
そんな日々に嫌気がさして、彼を忘れるために引っ越しを決めた。
彼の荷物は思い切って捨てた。
それでも、彼からプレゼントされた腕時計だけは捨てられなかった。
一緒に暮らして、初めてのホワイトデーに彼がくれたのは、自分が欲しかった腕時計だった。
なけなしの貯金で彼がくれたプレゼント。
嬉しくて堪らなくて、泣きながら彼に縋りつき無我夢中でキスをした。
そんな翔太に目を細めた彼も嬉しそうに翔太を抱きしめた。
あの時計は今も翔太の腕で時を刻み続けている。
忘れたいのに忘れられず、永遠に時を刻む腕時計の様に、翔太の気持ちもあの時のままだった。
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