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左遷
三年前、大学病院の救急外来に運ばれてきたのは、当時政界の大物と言われていた、野党の幹事長だった。
くも膜下出血(SAH)のレベル5、最も重度のくも膜下出血で、患者は昏睡状態で神経学的反応がなく延髄反射のみが残っている状態だった。
救急部での診察、心電図、血圧などの検査の後、発症から3時間の時点で、頭部CT検査(単純CTと造影剤を使用したCT)を行い、カテーテルを腕から脳血管内まで進め、血管内の血栓を回収する、血栓回収療法を考えていた。
その時、上司である斉藤教授が自らの手で処置をすると手術室へ入った。
翔太は、手術助手として教授の隣に立った。
だが、患者の意識は戻る事はなかった。
斉藤教授は、その責任を翔太に転化した。
患者を救えなかった自己嫌悪と焦燥感に苛まれた翔太は、言われるまま大学病院からこの相良病院に移った。
脳外科医として輝かしい未来を未練なく捨てたのも、彼には教授になりたいという野心が無かったから。
翔太にとって、今生きる意味は患者を救う事、只それだけで自らの未来に描くものは何も無かった。
未来を生きたいと願う患者の為に、身を粉にして働いた。
龍太郎と別れて10年、あれから誰かを好きになった事は一度もなかった。
忘れたつもりでも、胸の奥で龍太郎の想い出は燻り続けたまま消えてはくれなかった。
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