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恋なんてするもんじゃない⑩
面倒に思えることや気がすすまないことこそ、自分を奮い立たせて真っ先に片付けてきた。
コンフォートゾーンから抜け出し、困難に挑むことこそ自己成長の基本ではないか。
宇佐美に夕食を届けて、駐在所を掃除した時の話をする。
ただそれだけのことだ。
怖気づくことなど何もない。
隼人は意を決し、重箱が包まれた風呂敷の結び目を握り立ち上がった。
が、すぐにまた重箱を置く。
(——話す内容をまとめてから、行くか……)
別に逃げているわけではないと、寝室に行き雑記帳を開いた。
掃除する前の駐在所の様子を思い出しながら、細かくメモをする。
漏れはないかと考えた。
他に宇佐美に話すことは、ないか?
(——お堂だ!)
宇佐美は神社にあるお堂の事を訊いてきた。
『林の中に建っているらしいんです。ご存知ありませんか』
あの時の宇佐美は、子どものように好奇心で目を輝かせていた——。
再び邪念が沸き起こる。
隼人はそれを振り払うように、勢いよく立ち上がった。
今日村を出るつもりでまとめた荷物の中から、書類入れを取り出す。
(——たしか、中に地図があったはずだ)
亡くなった秋子は、手紙やアルバムなどは全て処分していた。
残された者が困らないための配慮だろう。
ただ電動ベッドを片付けようとした時、隼人はマットの下から書類入れを見つけた。
中には雑誌の切り抜きや、料理のレシピなど他愛のないものが入ってるだけだったが、貴重な遺品なのでそのまま取っておくことにした。
書類入れを漁った隼人は、目当てのものを見つけた。
秋子が手書きで書いた蛇神村の地図だ。
抜き出すと、表をみせて二つ折りにしていた地図に何かが挟まっているのに気付いた。
領収証だった。
百二十万という金額より、その宛名に驚いた。
須田千香子——近所に住む周平の妻の名前だ。
なぜ千香子宛ての領収証を秋子が保管していたのだ?
まあでも、簡単に説明がつくのかもしれない。
秋子と千香子は蛇神村の観光マップ作りに参加していた。この手書きの地図もそのためのものだ。
千香子は観光マップに描かれたヘビの絵を描いたらしいし、この領収書は印刷代か何かなのかもしれない。
それでも気になり隼人は、発行者の『オフイス溝端』をスマホで調べた。
だが検索してもそんな会社は見当たらない。
住所を入力してもダメだった。
隼人は自分の秘書に電話をかけた。
「東京の神田にある『オフイス溝端』を調べてくれ。検索しても何も出てこない」
電話を切った隼人は、秋子が書いた地図を見つめた。
神社の先のお堂のことは書いていなかった。
(……行ってみるか)
隼人は立ち上がった。
宇佐美が言うそのお堂が、本当にあるのかどうか確かめるために、蛇面神社へと向かった。
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