恋なんてするもんじゃない③

1/1
前へ
/52ページ
次へ

恋なんてするもんじゃない③

 栞里から頼まれた駐在所の掃除もやっと終わる。  一階の床の間に敷こうと持ってきた白いウッドカーペットを車から取り出して、担いだ時だった。  隼人は『(うね)り橋』を渡ってくる、を見た。  スーツ姿の彼は、親しげに隼人に微笑んでくる。  隼人の時間が全て止まった。  身動きが全く出来なくなる。  彼から何かを言われたが、耳鳴りがしてよく聞こえない。  ああ、名前を訊かれたのか——。  そう察し、自分の名を名乗ろうとしたが、上手く口が動かない。  沢木がやって来てくれて助かった。  彼の興味は沢木に移ったようだ。  彼からの視線が外れて隼人はホッと息をついた。  やっと落ち着いて彼を見る。  細い体。  白い首筋がなんとも美しい——。  美しいだと!?  男じゃないか!!  隼人は自分の感情に驚いた。  不意に彼がこちらを見る——長い睫毛。なんの邪心もないような澄んだ瞳——隼人はカッと頭に血が上り、すぐに顔を反らした。  ウッドカーペットを担いで、駐在所の中に入る。  いったい自分は、どうしてしまったんだ——。  隼人は作業に戻りながら、今の自分の感情を分析しようと試みた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加