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恋なんてするもんじゃない⑦
こんなに小さな男だったのかと、隼人は不思議な思いで槐善之を見た。
今、部屋には善之と隼人の二人っきり。
子供の時、目も合わせられないほど畏怖してきた男は、車椅子の上にやせ衰えた身体を乗せている。
筋張った首など、隼人なら片手で握りつぶせそうな細さだ。
「——長男を殺害した犯人が見つからないのに、今度は次男が行方不明ですか。心痛お察しします」
善之は目だけを上げて、ジロリと隼人を見た。
「金を積めばどんなことでも調べられますよ。田所さんが、あなたの息子だったと知っても、べつに面白くもなんともありませんでしたが、田所さんの本当の母親を知った時は驚きました——彼女には、死産だったと告げたんですか……二度も……自分が産んだ息子がすぐ近くにいることも知らず、あの人は村外れで一人で暮らしているんですね……」
「そんな昔のこと持ち出してなんになる!」
善之は身体を震わせながら恫喝した。
「皐月さんが省吾さんの事を頼んできた時から、おかしいと思ったんです。私に頼まなくても、あなたなら孫を助けることぐらい簡単なのに、なぜ何もしないのか分からなかった。何か裏があるのかと、この家のこともあなたのことも調べさせてもらいました」
こめかみに青筋を浮かばせたまま、善之は隼人を睨んだ。
「それでも分かりません。二十年前、省吾さんのアリバイを証明できる親子がいてもいなくても、あなたなら簡単に揉み消せたのに、なぜそうしなかったんです? なぜ無罪を主張する孫を見殺しにしたんですか?」
善之は力なく項垂れた。
「親から押し付けられた嫁との間に出来た息子に、情は湧きませんでしたか? その息子の子供だから、省吾さんを見捨てたんですか?」
「——私の力が及ばないこともある」と善之は無念そうに呟いた。
「何があったんです?」
知らないほうがいいと、善之は首を振った。
「——私の子どもは皆、息子も娘もろくでなしだったが、孫たちには期待していた——省吾は残念だ……かわいそうだが、もう生きていないだろう——私の裏の稼業のせいだ——」
「幻覚剤のことですか? この家が、アカシアの木から幻覚剤を作っていたことは調べました。占領下の台湾や、アヘンの取締に厳しくなった中国に輸出して荒稼ぎしていたそうですね。でも、それこそ大昔の話じゃないですか」
「隼人、この家とは関わるな」
善之はじっと隼人を見据えた。腕を伸ばし、隼人の手を掴む。
「お前は、正道を行け!」
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