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【2】
大事を取って一晩だけ入院して、帰って来た自宅。
事故後に顔を合わせて以来、母は真央、……「未央」から片時も離れようとはしなかった。
病室でも、年齢的に付き添い不要と告げられたにもかかわらずパイプ椅子に腰掛けたままずっとベッドの横に詰めていたのだ。
学校に行くようになったのは、「真央」の葬儀を挟んで一週間後。
それも母が出した「送り迎えをする」という条件付きだ。
「未央ちゃん、──もういいの?」
「……うん。わたしはケガもしてないし──」
未央のように伏し目がちでぼそぼそと呟く真央に、クラスメイトは掛ける言葉に迷う素振りは見せつつも不振を抱く様子は一切誰からも感じなかった。担任の教員からも。
腫れ物に触るかのような接し方も、一週間が過ぎると少しずつ緩んでくる。
「ただいま、ママ」
「ああ、未央ちゃん。おかえりなさい。何も困ったことなかった?」
一か月が経ち、ようやく送り迎えも断って一人登下校を始めた真央が帰宅すると、リビングから玄関先に小走りで掛けて来た母の心配が滲む声。
「大丈夫。お友達も先生もやさしくしてくれるから」
妹ならきっとこう言う、と探りながらの会話にも不安などはなかった。
二人揃っていた時から、頻繁に入れ替って「未央」になり切っていた経験が今役立っている。
姉妹二人の部屋は、今は真央だけのものになった。
いつの間にか「真央」の私物は、目に見える場所からは姿を消している。真央が学校に行って家を空けている間に、母が片付けたのだろう。
妹の服や持ち物だけが、最初からそうだったかのように配置された子ども部屋。
真央はその中で『未央』としての生活を送っていた。
「未央」の服を着て、「未央」の友人たちに囲まれる日々。
その誰もが真央を「未央」として認識している。
両親の視線も言葉も、今は常に真央だけに向けられていた。
すべて真央が望んだとおりになったのだ。
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