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「未央ちゃん、手を洗ったらおやつにしましょう。ママね、久しぶりにお菓子作ったのよ。未央ちゃんの好きなチーズケーキ」 「ありがとう、ママ。じゃあすぐ用意するから……」  母に微笑みで応え、自室のドアを開けた。  真央は大して好きではないが、食べられないわけではないチーズケーキ。「母が自分のために作ってくれた」菓子という事実が重要なのだ。  ランドセルを下ろして、放り投げたい気持ちを抑えそっと椅子に置く。「未央」ならきっとこうだから。  ──ほらね。あたしならあの子のまねなんてカンタンなのよ。だってあたしは未央よりずっと……。  弾む気持ちを出さないように、静かな足取りで洗面所に向かう。  手を洗って拭き、ふと鏡を見た。  映っているのは真央だ。  世界中の誰もが『未央』だと見做す、真央の姿。 「ママ、このケーキすごくおいしい」  チーズケーキをフォークで切り取って口に運びながら、飲み込んだタイミングで母に笑い掛ける。  記憶のどこにもみつけられない、『邪魔』の入らない母と二人きりで向き合う時間を噛み締める。幼心に切望して手に入れた幸せを。   「そう、よかったわ。ねえ、未央ちゃん。ママはもうそれだけでいいの。だからお願い、あなただけは元気で──」  真央の身を満たしていた喜びが一瞬で霧散した。  ──今なんて言ったの? ママ、「死んだのが真央の方で良かった」ってそういう意味なの……!?  生きてここにいるのは間違いなく『真央』であるのに、周囲の皆が己に見るのは、もうこの世に存在しない妹なのだ。  鏡の中のもうひとりを消そうとして、真央は「自分」を消してしまった。  この家に「ただいま」と言って帰れるのは、真央ではない。ずっと、一生、真央は『未央』として生きなければならない。  ……自分自身としてではなく、それでも愛され認められるために。                             ~END~
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