霜雪に往きてかへらぬ

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 私は蔵に忍び込み、農薬の入った小瓶を手に入れました。それ自体はさほど難しいことではございませんでした。  何故なら、私は劣等生にて、加えて太郎に目を付けられており、両親に叱られ、蔵に閉じ込められることがしばしばございました。そのため、私が蔵から出てきましても、みな「またか」と思うばかりでございました。  私は小瓶を懐に忍ばせ、隙を見て太郎の湯呑にそれを注ぎました。何度も申し上げますが、私はただ彼に少し意地悪を仕返してやろうと思ったに過ぎないのでございます。まさか、このような事態になるとは夢にも思いませんでした。  太郎は、死んでしまったのです。  湯呑に口をつけるや否や、太郎は口より泡を吹き、倒れてしまいました。やがて、母や姉二人の介抱も虚しく、命を落としてしまいました。私は内心、ただひたすらに、自らのしたことの重大さに震え続けておりました。  父が太郎の湯呑の匂いを嗅ぎ、「扁桃(へんとう)の匂いがする」と仰った際には、心臓が口より飛び出るかと感じました。
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