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 なんとか午前の仕事が終わり、昼食の時間になると、フロアの全員がランチに出払ったのを見計らって嵯峨にメッセージを送る。 『仕事終わり会える?』 『ごめん、今日残業になる』 『遅くても良い。話がある。いつものファミレスで待ってる』 『了解』  既読になってからの返事が少し遅かったが、会う約束は出来た。  もしかしたら今夜、私は失恋するのかもしれない……。  ——退勤後、私は約束のファミレスにいた。  場所は八丁堀。会社から離れていて、なおかつ私の通勤路線である京葉線の駅が近い。嵯峨はそう言って、いつもこのファミレスを選んでいた。  彼の家は渋谷で真逆なのに、気遣って私が帰りやすい場所をわざわざ選んでくれていたと思っていたけど、丸の内で働くうちの社員が退勤後に行く所といえば、東京駅から新橋駅あたりまでの間だ。八丁堀で食べようとは、まずならない。色々な思惑で、誰にも見られたくなかったのだろう。 「そもそも、ファミレス……」  考えれば考える程悲しくなってきた……。  思わず顔を伏せっていると、大好きなあの声が聞こえた。 「ごめん、だいぶ待った?」  顔を上げれば、嵯峨が息を切らせてこちらを見て立っていた。 「あれ? 残業って……」 「いや、メッセージの様子がおかしかったから、明日に回してきた」  嵯峨はそう言いながら対面に座り、コートを脱いだ。  会社からここまで走って来たのか、かなり息切れしていた。 「走って来たの?」 「ああ、当たり前だろ。それで話って?」 「あのね、秘書課の萌ちゃんとセフレなの?」  嵯峨は私の言葉を聞いて、明らかに表情が青ざめ、瞳孔が僅かに開いた。  つまり、黒だった……。 「本当だったのね……」 「待って、綾、違うんだ。ちゃんと君とは将来を考えてる」 「君とは!? ごめんなさい、別れましょう……あなたは私と付き合っていたつもりはなかったと思うけど」 「綾っ!!」 「お支払いよろしくっ!!」  私は立ち上がりながら伝票をテーブルに叩き置いて、足早に店を出た。  と、同時にヒールを脱いでカバンに入れ、最寄りの八丁堀駅ではなく東京駅に向かって複雑に道を変えながら猛ダッシュをする。  今頃彼はレジで足止めを食らい、その後店を出てすぐ目の前の八丁堀駅に向かうだろう。それだけでも十分撒けるはずだが、念には念を押し、東京駅へ戻って電車に乗ろう。    無事に嵯峨を撒き、東京駅で少し時間を潰してから、帰りの電車に乗った。始発駅なので座る事も出来、ぱんぱんになった自分のふくらはぎを労わる。    私の恋は終わった……三十路手前で。
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