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 三十手前で掴んだ恋が一瞬で終わり、虚しさに鼻の奥がツンとして喉元が熱くなってくる。  こんな時に限って、千葉・浦安方面へ走り進む電車の窓の外には、キラキラと輝く遊園地、夢と魔法の王国が見え始めてくる。  ああ、もしかして、私はこのあと、王国から異世界転移してくるロマンスファンタジーを目の当たりにするのか……。  『ご乗車ありがとうございます——』  電車の扉が開くと、夢の国で戴冠されたカチューシャを頭につけたままの、プリンセスとプリンスが大量に乗車してくる。  荒んだ私の顔はまさにヴィランだろう。人の恋愛に寛容になれない今の私は最大MPを保持している。私の呪いを受けたいプリンセスがいれば、目の前に立っていちゃついてみろ!  荒み切った心でそんな妄想を広げていると、自分の前に一人の可愛いプリンセスが立った。  彼女は頭にティアラをつけて、ピンク色のプリンセスのドレスを着ている。  そして彼女の後ろには、国王陛下と王妃殿下が、彼女を人混みから守るように立っていた。 「ぱぱ、また行こうね」  プリンセスは振り返り、無垢で無邪気な笑顔を国王陛下にむける。その笑顔に、国王陛下と王妃殿下は幸せに溢れた笑顔を見せた。   「ああ、また行こう」  このプリンセスは、清らかな心を持ち、国王陛下と王妃殿下の深い愛情に守られ、心の荒んだ三十路手前の女の呪いを受けることはない。    ずっと憧れている、温かい家族の姿だった。 『ご乗車ありがとうございます——』  夢の国の隣の駅で慌てて飛び降り、ホームで涙を拭った。    あんな温かな家庭を築きたい。私と違って、子供が子供らしくいられる、お金で苦労させない、温かな家庭を築く。幼かった頃の私が憧れ描いていた家庭。それが最終目標……。  私は一頻り泣きじゃくったあと、顔を上げ、両手で頬を叩き、気合いを入れた。 「まだ二十九! イケメンハイスぺ社長令息がもうすぐ来るじゃない。嵯峨なんかよりも超超優良物件! お局なんて怖くないわよ!」
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