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ひとしきりギターを鳴らしてから、一息ついた樹が言った。
「ところで、響さんは独りでこの家に住んでいるのですか」
自分に向けられた質問に、すぐ我が事だと感じられず、少し間が空いた。
「そうだ、昨日から変だと思っていたんだ。
東京にいたときは、金もないし帰ってくるきっかけがなかった。
10年も帰らないでいて、両親と連絡を取ることもなかったんだ。
元気なのかな」
今度は樹の方が固まった。
「元気かなって、ここが実家じゃないのですか。
久しぶりに帰ったら、いなかったのですか」
「そう言うことになるな」
まるで他人事のように、呟いた。
「ちょっと、何を言っているのか分かりません。
大丈夫ですか」
「そう言われても仕方がないだろうな。
でも、ずっと気になってはいたんだ。
十倉新田駅で降りる辺りから、記憶にある風景と、変わり過ぎていると ───」
樹は顔を引きつらせて、心配そうな表情になって俯いた。
「あの、言いにくいのですが、病気ではないでしょうか」
努めて丁寧に、言葉を慎重に選んで言った。
そのとき、響は目を丸くして弾かれたように跳ね起きた。
「そうだ、今は何年だ」
「と言いますと」
顔に怯えの色を表わして樹が問い返す。
「2024年じゃないのか」
「違います。
2054年です。
本当に、大丈夫ですか」
あまりのことに、響きは天井を見上げたまま立ち尽くした。
そうか、あの時、時空の歪みに ───
また、ギターを鳴らし始めた樹は、歌詞の断片を歌い、考え始めたようだった。
響もキーボードに向かって、コードを押さえ始めた。
そして、2人は手を止めた。
響は窓の外に目をやり、耳を澄ませてカエルや虫の声を聞いて瞑目する。
「ここが、俺が生まれ育った世界と別の場所だとしても、まあ、いいじゃないか」
「そうですね。
僕も、そう思いますよ。
音楽は時空を超えて共有できますから、きっと大丈夫です」
ギターとキーボードのセッションを、毎日続けながら、響もう一度オーディションに挑戦する決意を固めていった。
それは、また孤独な世界へ入っていくことを意味する。
人間は産まれたときから一人だ。
クリエイティブに生きると決めたのだから仕方がない、と星空へ向かって今日も呟いたのだった。
了
この物語はフィクションです
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