2人が本棚に入れています
本棚に追加
3
両親が学費を用意していなかったために、何もせずに暮らしていた久寿米木 響は高校卒業と同時に上京した。
アルバイトで稼いだ数か月分の生活費と着替えの入ったカバンを持って、家賃が安いアパートに落ち着いた。
コンビニやカラオケボックスの店員、清掃会社、ボーリング場、ゲームセンターなどで働いたが、あまり長続きせずに転々とする。
人より秀でた技術や資格を持っているわけでもないから、経営が苦しくなるとすぐに切り捨てられた。
そのうち登録制の日雇いのようなアルバイトで食いつなぐようになり、半分は親からの仕送りで暮らすようになる。
木造で、埃臭い安アパートの階段を上った2階部分を借りていたが、たまたま空いていた物置もタダで貸してもらえた。
仕事をきちんとこなす真面目な性格を買われ、大家さんが持つ3件のアパートの清掃や補修、家賃野の集金をして、家賃分を免除してもらった。 生活費はギリギリだったが、一応贅沢はできないが、生活が一応安定してきたとき、子どもの使い古しだというギターとキーボードを譲り受けた。
楽器の経験はほとんどなかった響は、音楽雑誌を古本屋で買い、コードを弾いたり好きな曲の部分練習をしてみたりして、有り余る時間を過ごすようになる。
ライブハウスやジャズ喫茶などで音楽仲間と語り合う連中もいるようだが、金もないし人付き合いが面倒だと感じ、足が遠のいていた。
他にやることがないので、楽器にいつも触れていたため、コードを押さえて歌ったり、簡単な作曲をしたりもできるようになる。
もしかしたら、と思い大手レコード会社主催のオーディションを受けてみたが、敢えなく落選する。
あまり期待してない、などと言いながらも落ち込み、しばらく楽器に触れられなかった。
重い身体をひきずって、近くの銭湯へ向かう。
電柱がブロック塀の外に立ち、側溝の蓋間からドブの臭いがほのかにする道を、タオル片手に空を見上げた。
東京の空に星はない。
周りに知人もいないし、遊びに行く金もないため、いつも独りだった。
格安スマホをフリーWi-Fiにつなぎ、ミュージシャンの動画などをチェックするくらいで、誰からも連絡はない。
大きな暖簾をくぐり、中へ入るといつものフロントのお姉さんに代金を支払う。
「ごゆっくりどうぞ」
とマニュアル化された台詞が返ってくるのを背中で聞いて、サッサと奥へ入る。
備え付けのシャンプーをたっぷり泡立てて頭を洗いながら、
「俺、なにやってるんだろう」
とため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!