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 翌朝、陽射しが顔に直射して、暖かさと(まぶ)しさで目覚めた。  押し入れにあった布団は、きちんと真空パックしてあったため、気持ちよくぐっすりと眠ることができた。  最低限の食器はあるが、生活に必要な物が沢山(たくさん)あったため、買い出しすることにした。  キッチンまわりと洗面所回り、トイレをチェックしてメモを取り、冷蔵庫を一応調べる。  やはり食料はまったくない。  メモを(たた)んで財布に突っ込むと、テラスに合った古い原付バイクをチェックする。  少しだけガソリンが残っていたが、いつの物だか分からない。  手動のポンプで灯油缶に移すと、手で押してガソリンスタンドへ向かった。  農道には、稲穂が突き始めた田んぼから、バッタが飛び出したり、蝶がヒラヒラと横切ったりと、のんびりしたムードを漂わせている。  突然牛糞(ちゅうふん)の強烈な臭いが鼻を突き、左手に茶色く(ひだ)のできた山盛りの堆肥が鮮やかに目に飛び込む。  確か、この畑はトウモロコシを育てていた。  これだけたくさんの糞を吸い上げたトウモロコシを、東京の人たちは食べていると分かっているのだろうか。  甘くておいしい、あの味は栄養豊かな畑からでき上る、と言えばきれいに聞こえるが、この臭気を()いでも言えるだろうか。  車はほとんど通らないのに、無駄に広く真っ直ぐな道の先を、豚の鳴き声と共にトラックが横切った。  キーキーと鼻を鳴らすその声は、落ち着きがないように聞こえた。  そうだ、この先に豚の屠殺場がある。  近くに養豚場もあって、豚の鼻に(わら)を突っ込んだりして遊んだものだ。  好物の生姜焼きは、そんな豚たちの成れの果てである。  東京の人間は、加工された豚肉しか知らないだろう。  学校で、流通の仕組みなどを教わっていても、生身の豚を知らなければ、いつも食べている豚肉と結びつかない。  田んぼに目をやると、水が張ってあるところもあって、オタマジャクシやヒルや、カブトエビがユラユラと泳いでいた。  足元をトノサマバッタとショウリョウバッタが跳ねまわる。  農薬による突然変異で巨大化する奴もいたっけ。  生き物の息吹を感じていると、先を急がなくてもいい、という気分になっていった。
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