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 玄関の方で人の気配がしたと思うと、チャイムが鳴った。  セールスか何かかと、身構えて勝手口から顔を出すと、 「あの、ギターの音がしたものですから、様子を見に来たのです」  と若い男が訪ねてきたのだった。  ちょうど、上京したころの歳と重なって、親近感があった。 「昨日、久しぶりに帰ってきて、掃除して生活できるようにしたところなんだ。  良かったらお茶でも」  などと自然に口を突いてでた。  都会では近所の人が訪ねてくることはなかった。  自治会にも入らないし、近頃はセールスもほとんどない。  人間の声を久しぶりに聞いたような気がして、家に招き入れると、顔に幼さが残る少年だった。 「音楽が好きなのかい」  昔、近所の人がピアノやギターをやっていて、音が聞こえたと両親が言ってました。 「10年前、ちょうど君くらいの歳に東京に出て、音楽活動をしたけど昨日帰って来たところさ」  自分と重ねて見てしまう少年は通道 樹(とおりみち たつき)と名乗った。  近所にそんな苗字の人がいたかと思ったが、 「5年前に引っ越してきました」  と聞いて納得した。  近所から音楽が聞こえた話は、引っ越す前の家出のことらしかった。  ギターを少年に貸してやり、基本のコードを教えて、好きなように弾いているのを聞いていると、必死で音を追いかけていた時期のフレッシュな気持ちが(よみがえ)ってくる。  東京へ夢を抱いて出て行ったとき、音楽が好きだという気持ちが(あふ)れていた。  毎日楽器に触れ、音を紡いで過ごしていたが、いつの間にか成功を夢見るようになった。  そんなときだろう。  無力感を感じ始めたのは。  響は改めて自分の手を見た。  指先にタコができて、硬くなったところに年月を感じる。  壁にもたれてギターを一心不乱に鳴らす少年は、何もかも忘れて没頭しているようだった。
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