1、恋はあっけなく妹に奪われる

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「遅れてすみません〜」  軽い口調で入ってきたのは、見た目からしてもいかにも陽キャな男の子。  子犬みたいにふわふわしたくせっ毛は、瞳と同じライトブラウン。たぶん旭陽と同じで百八十ぐらいで、緑色のパーカーとジーンズをはいている。しっかりした体つきに反して、顔は甘めな雰囲気でゆるそうな感じ。  初めて見かける人が現れて、みんなの注目が集まる。 「はじめまして〜、経済学部二年生の遠坂優日(とおさかゆうひ)です。今日から文芸サークルでお世話になります。全然似てないってよく言われますが、一応そこにいる旭陽の双子の弟やってます」  ニコニコとゆるく挨拶した彼は、予想もしなかった事実を告げた。ウケ狙いみたいな彼の挨拶を聞いて、他の人はクスクス笑っているけど……。  旭陽の弟なの?  驚いて、思わず旭陽の方を見てしまう。  そうしたら、なぜか旭陽も少し驚いたような顔をしていた。今日弟が来るって、知らなかったの?  旭陽にも全然似てない二卵性の双子の弟がいるとは聞いてたけど、この人だったんだ。双子どころか兄弟と言われてもピンと来ないくらいに、旭陽とは真逆のタイプ。  旭陽の弟をじっと見ていたら、ヒラヒラと手を振られた。手を振り返すほど親しくもなかったので、軽く頭を下げるだけにとどめておく。  彩羽と同じ系統で、仲良くなれそうもない人種ね。もしも双子の妹じゃなかったら、彩羽も絶対に関わっていないタイプだもの。  数日前から付き合い始めたばかりの好きな人と双子の妹。突然サークルに入ってきた好きな人の双子の弟。  大好きな小説を読んだり書いたり出来る楽しくて平和な時間のはずが……。なんだか気が重くなってきた。  今日はもう帰ろうかな、なんて思っていたら。   「ねぇねぇ優日〜、なんでいるの〜?」  いつもの少し上擦った声で、彩羽が例の『優日』に話しかけていた。席を立って、彼の元に歩いていく。    すぐに旭陽のところに戻るのかなと思ったけど、話が盛り上がっているみたいで話し込んでいる。彩羽から彼の話は聞いたことがない気がするけど、知り合いなのかな。  手持ち無沙汰になって寂しそうに見える旭陽が放っておけなくて、話しかけに行く。 「旭陽の弟、うちのサークルに入るんだね」 「みたいだね」  旭陽は開こうとしていたパソコンを閉じて、私の顔を見る。   「みたいだねって、知らなかったの?」 「何も聞いてないよ」 「もしかして、あんまり仲良くない?」 「いや? 普通だよ」  何でもないことのように言う旭陽。特に兄弟仲に問題があるわけでもないのかな。   「ふーん……」  うちなんて、聞いてもいないのに彩羽が一から十までその日あったことを話してくるし、適当にはぐらかしても根掘り葉掘り聞かれるのに。男兄弟だと、もっとあっさりした関係なのかな。   「それより、先週発売したトキ先生の新刊、もう読んだ?」  旭陽から話を振られ、つい前のめりに頷く。  新刊を読んでいる最中から、ずっと旭陽に感想を話したくて仕方なかったの。   「もちろん。やめどきが見つからなくて、購入した日の夜に読み終えちゃった」 「分かる、俺も」 「旭陽は――」 「十八時半になったので、今日はそろそろ解散にします」  話の途中で、部長が解散を告げる。  まだ話したかったのに、みんな早速帰り支度してるし、今日はこれ以上話すのは難しいかな。 「旭陽、今日はバイト?」 「今日はないよ」 「それなら、このあと食事でもしながら、感想を話し合わない?」 「行――、あ……」  何かを言いかけて、旭陽は途中で視線を泳がせる。
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