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「ただいま」
そう口にしてから、違和感の理由に気づくまで少し時間がかかってしまった。
見覚えはあるけど見慣れない玄関。記憶にあるより少しだけ低い天井、狭い廊下。
ここが自分の家じゃないのだと、「ただいま」を言うべき場所じゃないと思い至るまで少し時間がかかってしまった。
そして『あらあら』みたいに言いたげな笑みでリビングから顔をのぞかせるのは、幼馴染のお母さん。そして私の隣で息をつくのは、その、保育園からの腐れ縁である幼馴染の男の子。
二人が住むこの家は、私にとっても馴染み深い場所だった──
背筋に寒気が走る。一瞬、今の状況が掴めずにいた。
自分の家のドアを開けて中に入ったつもりだった。
見渡しても、ついさっき後にしたはずの、幼馴染の彼の家。
「あらあら、いいのよ。ただいまって言ってくれても」
「母さん、そういうのいいから」
そして聞き覚えのある言葉の後、彼が先に玄関に上る。とっさに後を追うも、パニックを起こしそうだった。
今になって、思い出したことがある。
「それで、ずいぶん久々に押しかけてきたけど」
さっき後ろから聞いたはずの言葉を前から聞きながら。
「やっぱり、あの話?」
声変わりして淡々とした──よく聞けば少し不機嫌そうにすら響く声色。言葉を返せないまま、だけどは私は、思い出したことがあった。
予知夢に従えなかった時に起きる、怖いこと。今日まで生きてこれた、その程度の、思い出すのも怖いこと。
予知夢に従えるまで、同じ状況を繰り返す。例えば、夢から外れて両親に予知夢のことを説明して、笑い飛ばされるそのシーンだって、何度も、何度も。二度と話す気が起きなくなるくらいに。
「俺の部屋片付いてないから、今日はこっちで。大丈夫、外に声は聞こえないから」
そして返事もない私のことなんて意に介さないように、彼が、物置部屋へと足を進める。ついさっき見たような、予知夢の始まりで見たような。
そして。
一つ、思うことがある。正体の知れた、この怖いことの中でも、気づきたくなかったくらいに嫌なことを。
この覚めて見る悪夢のことを、『子どもみたいなこと』と思っている彼に向けて。
告白して、本気で泣きながら、部屋を後にする。そんな冷めた未来を叶えなければいけないことを。
私は何回「ただいま」といえば、この夢のような現実を抜け出せるだろう、と。
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