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昔から、不意に見る夢がある。
まるで夢じゃないみたいにリアルな、なんてない日常の一コマ。私のいる景色。
ただし、私はそれを少し離れたところから見ている。そんな夢だった。
見る景色も出来事も同じものは一つとしてない。共通点があるとすれば、それは、昔や未来、夢のような非現実じゃなくて、実際の私が次の日にでも起こしそうな、ささいでリアルな出来事ばかりだってことで。
一言で言えば、正夢。
微妙に違いがあるとすれば、それは、私が夢の通りに動いて、それを正夢にしなきゃいけないということだった。
「俺の部屋片付いてないから、今日はこっちで。大丈夫、外に声は聞こえないから」
いわく、物置代わりだという空き部屋に案内されながら。もしかして、この家に来て初めて見るはずの部屋にて、どちらからともなく床に腰掛ける。
「それで? 今度は、どんな夢の話?」
そして彼が、低く淡々とした調子の声で、当たり前のように続ける。
例えば、一人で叶えられないような出来事を夢で見た時。こうして彼に話して、彼に手伝ってもらっていた。他の誰も知らない、少し現実離れした、二人だけの秘密の話。
懐かしいな、だなんて思う。中学校に入ってからも何回か、予知夢に付き合ってもらっていたけど。こうやってこの家で話すのは、本当に久しぶりで。
初めて話したのは、いつの頃だったか。当然彼は声変わりもしていなくて、背なんて私のほうがずっと高くて、無理やり手を引いて手伝わせていた。
そんななのに、嫌な顔ひとつもせず、むしろワクワクした調子で、したいことに合わせてくれて。さすがにここ数年は彼も落ち着いてきたけど、今も、文句の一つもなく、したいようにさせてくれていて。
本当に、嬉しく思っていた。
予知夢に合わせないと、本当に、怖いことが起こるから。
「うん……えっと、ね」
そして彼に返事しようと口を開いても、うまく言葉にならない。少し、迷っていることがあった。
予知夢に合わせないと、怖いことが起こる。
それはもう、思い出すのも怖いくらいに。見始めた頃、どうすればいいのかも分からなくて、何度かその、怖い目にあった。
それがなんだったのか。
思い出そうとすると、怖くて、何があったのか考えることから逃げたくなるくらいに。本当に怖かったということはよく覚えていて、だから、それだけでいいと思っていた。予知夢は絶対で、実現させなきゃいけないんだって。
「……ごめんね。一つ、謝らせてほしいの」
そして、意を決して話を切り出す。
夢で見たんだ。
いつもの部屋と違う、物置のような部屋。彼と私とで、なんだかずいぶん変わったような、何も変わってないような距離感で向かい合って。
意を決して。
私から、彼に声を掛けるシーン。
「予知夢のことなんだけど、あれ、全部ウソだったの」
私から彼に『好きだ』って告白して、そして、断られて、泣きながらここを離れる夢。私は意図して、それから外れた。
怖いことが起きる。思い出せなくても、それだけは本当に確かだった。けれど。
二人だけの秘密。ずっと今まで続けてきて、支えてきてくれていて。それこそ、夢でなくても好きだって言いそうになることも、何回もあった。
断られるって、なんとなく分かってもいた。だったら、そんな気まずい未来を選びたくなんてなかった。
怖いことが起きる。
それでもいい。どうせ今日まで生きてこれたくらいのことなんだ。
だったら、いっそ初めから全部ウソだったことにして、決定的な終わりを避けて、いつか想いが届く日を待つ。
そんな決意を込めた言葉への、彼からの返事は。
ため息と。
「知ってた」
そんな短い言葉だった。
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