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「ただいま」
そう口にしてから、違和感の理由に気づくまで少し時間がかかってしまった。
見覚えはあるけど見慣れない玄関。記憶にあるより少しだけ低い天井、狭い廊下。
ここが自分の家じゃないのだと、「ただいま」を言うべき場所じゃないと思い至るまで少し時間がかかってしまった。
そして『あらあら』みたいに言いたげな笑みでリビングから顔をのぞかせるのは、幼馴染のお母さん。そして私の隣で息をつくのは、その、保育園からの腐れ縁である幼馴染の男の子。
二人が住むこの家は、私にとっても馴染み深い場所だった。
「……じゃなくて、えっと、おじゃまします」
慌てて言い繕ってから靴を脱ぐ。
「あらあら、いいのよ。ただいまって言ってくれても」
「母さん、そういうのいいから」
そして方や嬉しげに、方や辟易と言い合うのを聞き遂げてから、私は勝手知ったる二階の階段へ足を踏み入れる。昔から、よく訪れていた。
とはいえ、私たちが高校に上がってからは。いや、中学校に入った頃から来なくなった、久しぶりの家。見覚えのある壁紙が古びて見えるのは、経年劣化のせいか、ただ懐かしさのせいか。
「それで、ずいぶん久々に押しかけてきたけど」
そして、彼にとっても私がこうして遊びに来ることが、もう珍しいくらいに懐かしいのだろう。階段を昇りきったあたりで声が聞こえたから振り返れば、まるで感慨深げに言葉を途切れさせながら、狭い廊下を無理やり行き違って、私の前に出る。
「やっぱり、あの話?」
それから、私の返事も待たずに、促すように先に行く。
だから見えてなんていないだろうけど、黙ってうなずいて、後を追う。
私たちには。
ううん、私には、秘密があった。彼以外に誰も知らない、ちょっと不思議で面倒な秘密が。
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