人生最後の夏休みのちょっとした冒険

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「そっか! 逆向きに来たんだった!」  このせまい穴を、今と逆向きに、頭から入ってきたんだった。そのときもかなりギリギリだった。ならば、出るときは、足から入れないと通れないはずだ。 「なんだ、そうか。ふうー、あせった」  ぼくは、ずるずると後ずさりながら、さっきの行き止まりの広場までもどった。ここまでもどらないと、身体の向きを変えられないくらいせまいのだ。 「じゃ、今度は、足から行きますよ」  ひとりでいると、なぜか、ひとりごとを言ってしまう。懐中電灯を手に持って、足先から穴に入れる。片足ずつそうっと伸ばしてから、身体をすべらせていく。 「こんなにせまかったかな」  穴はどんどんきつくなっていく。けれどさっき通った道だ。 「数を数えながら通ればよかったな」  このあたりで、懐中電灯が消えたんだった。あのときは、本当にぞっとした。もしまた切れたら……。  懐中電灯の電池はどのくらい持つんだろう。電池を新しくしてこればよかった。  ぼくは、懐中電灯を両手で、ぎゅっと握りしめた。手のひらにじわりと汗をかいている。  身体をこすりながらしばらく進んだところで、足を動かせなくなった。片足がどこかにひっかかっている。 「なんだよ、ったく」  足を持ち上げようとするが、動かない。  しかたなく、もどろうとしたけれど、身体がすっぽりはまっていて、もどれない。  身体をおしこもうとしても、引っぱろうとしても、どちらにも動かない。 「マジかよ……」  ふいに、お腹がきゅうっと痛くなった。  足を思いっきり引っぱる。 「どうなってんだよ!!!」  動かない。ひっかかって動かせない。 「わーーー」  ぼくは、やみくもに、頭を動かし、片手で壁をひっかいた。鼻や耳がこすれてヒリヒリする。指先が、すりきれて血が出ていた。 「さっきは通れたんだから、通れるはずだろ!」  もう動かせるところを、ぜんぶいっぺんに、めちゃくちゃに動かした。 「なんで、引っかかってんだよ!!!」  どんなにもがいても、足なのか手なのか、肩なのか、ぜんぶなのか、どこかががっちりはまってしまっていて、ぼくは1ミリも動けなかった。  激しく身体を動かしたせいで、息が切れた。  荒く息をしながら、ぼくは、身体が急に冷えていくのを感じていた。  ふと、ちえの輪をしたときの、おじいちゃんの言葉が耳元によみがえった。 『力まかせにやってはダメだ』  どんなに押しても引いても動かせないのは……。 『一方方向からじゃないと通らないからな』  まさか、この洞窟も?  身体がガタガタと震えだした。  洞窟に入るとき持ってきた虫かごとアミを、わざわざ草の中に、かくした。  ここにぼくがいることは、誰も知らない。誰にも見つけてもらえない。  ぼくは、泣いていた。  泣きながら、わめいていた。 「おじいちゃん! ごめんなさい! 助けて! 助けて!」  さけびながら、泣いていた。 「もう絶対に、洞窟に入りたいなんて言わないから! ごめんなさい!」  泣きすぎて、息が苦しい。  まぼくの身体がはまっているから、空気も薄くなっているんだろうか。  ぎょっとしたその瞬間。  ふっと明かりが消えた。 「ぎゃあーーー」  ぼくは、さけんだ。  まっ暗闇で何も見えない。  さけびながら懐中電灯のボタンを、はげしく押しまくった。電池切れだなんて、信じたくない。ただ、ちょっと一瞬切れただけだ。すぐに明るくなる。  けれど、どんなにボタンを押しても、さすっても、ふりまわしても、懐中電灯のあかりはつかなかった。  ぼくは、ぎゅっと固く目を閉じた。  これは夢だ。目を開けたら、ぼくは家にいて、これは全部夢だって安心するんだ。  ぼくは目を開けた。いや、開けてない。だって、真っ暗なままだから。ぼくはだんじて目を開けてない。  目を開けてない!  目を開けてない!  目を開けてない! 「神様。お願い。一時間前に戻して。そしたら、もう絶対に、絶対に、洞窟に入りたいなんて言わないから。もう二度と。だからお願い」  全身全霊で、さけぶ。 「助けてーーーーーーー」  手も足も動かせないまま、ぼくは、息が切れるまで、さけびつづけた。 (おわり)
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