人生最後の夏休みのちょっとした冒険

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 懐中電灯で中をてらしてみると、奥は広そうだった。何があるんだろう。もしかして何もないかもしれない。そうだ。何もいないっていうことを、確かめに入るんだ。  一応、持ってきた虫かごとアミは草むらの中にかくした。  四つんばいになって、暗い洞窟に入っていく。  ひたすら、はって進む。洞窟の入り口の床は、木の葉が厚く積もっていた。手のひらの下で、サクサクと音がする。少し奥に行くと、木の葉がなくなって、固い岩の手触りになった。懐中電灯を、片手に持って、さらに進む。  行けるところまで行ってみるつもりだったけれど、時計を持ってきていなかった。  とりあえず、1000、数えてみることにした。  60秒で1分。600秒で10分。1000秒なら、16分と少しだ。 「い〜ち〜、に〜、さ〜ん〜、し〜」  数えながら、懐中電灯を片手に持って、はい進んでいく。  穴はぐねぐねと曲がっていたり、つぶれていたり、細くなっていたりした。細くて曲がっていて、身体を曲げて、ようやく通れるような場所もあった。  600を数えたあたりで、かなり道がせまくなってきた。 「マジかよ……」  懐中電灯を奥に向かって照らす。奥の方が広い。鍾乳洞みたいな壁が見える。  行き止まりじゃない。道は続いている。  ぼくは、身体を横にして、すきまにすべりこませた。頭が通った。耳がこすれたけれど、肩はわりとするりと抜けた。手を少しずつ動かして身体を先に運んでいく。ほとんどイモ虫のようにずるりずるりと穴を通る。 「行けるじゃん」  途中、懐中電灯が、壁にこすれて消えた。 「ひっ」  思わず声が出た。まっ暗闇の中であわてて、懐中電灯のスイッチをさぐった。  パッと明かりがついた。 「けっ! クソ懐中電灯!」  そのまま、身体をずり動かしながら、すきまを抜けてしばらくすると、中腰で進めるくらい、広くなった。  懐中電灯であたりをてらす。  床は、光を反射して、つるっとしている。天上は、鍾乳石のようにゴツゴツしている。行き止まりだった。上下左右どこをてらしても、今来たせまい穴の他に、道はなかった。 「ここがゴールかよ」  思ったより、簡単に来てしまった。  もちろん化け物なんていない。なにもない黒い岩壁にかこまれた小さな空間。外はあんなに暑かったのに、ここはひんやりすずしい。  懐中電灯を持ちかえようとして、ぎょっとした。  後ろで何かが動いた。  ごくりとつばを飲みこむ音が響く。  何もいるはずがない。だってここに入ってきたとき、何もいなかったんだから。  ぼくは、息を止めて、中腰のまま、そっと後ろを振り返った。  そこに黒くゆらめいていたのは、ぼくの影だった。 「あっはっは!」  洞窟に笑い声が響いた。 「馬鹿みてえ! これが化け物かよ!」  ぼくの影もゆらゆらゆれる。 「あー、腹いてえ!」  笑いすぎて、冷たい汗でしめった手から、懐中電灯が落ちそうになった。 「おっと」  懐中電灯を、その行き止まりの空間の真ん中に立てておく。手をズボンでぬぐって、床に体育座りする。  お尻がひやりと冷たい。ふと見ると、ズボンのひざが、黒く汚れていた。手のひらも黒い。おじいちゃんちに戻ったら、見つからないうちに、服を着替えてしまおう。  急にのどがかわいてきた。 「水筒を持ってくればよかった」  身体も冷えてきた。探検は終わりにして、もう帰ろう。  天上が低いから、立ち上がることはできない。また中腰になって、もと来た穴のほうに、はいながら進んでいく。  すぐにさっきのせまいところに来た。頭を入れようとしたけれど入らない。 「なんだよ。マジかよ」  何度も向きを変えて、頭を入れてみたけれど、頭が入ると肩が入らない。腕から入れると頭が入らない。 「いてて」  顔を、壁でこすってしまって、ヒリヒリ痛い。どうして通れないんだろう。と、その瞬間、ハッと気づいた。
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