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小学校最後の夏休み。
ぼくはひとりで田舎のおじいちゃんちに来ている。
ここには青と緑しかない。青い空と川、緑の山。ゲームセンターもショッピングモールも何にもない。
「あー、たいくつ」
ぼくの言葉に、つりざおをみがいていたおじいちゃんが顔を上げた。
「つりに行くか?」
「もうあきた。虫取りも木のぼりも」
このままじゃ、お父さんとお母さんがむかえにくるお盆まで、もたない。そういえば去年のお盆には、お父さんとお母さんと近くの鍾乳洞に行ったんだった。
「洞窟探検でもしてこようかな」
おじいちゃんが、まゆをつりあげた。
「洞窟には絶対に入っちゃいかん!」
「違うよ。鍾乳洞とかじゃなくて、もっと小さい……」
「ダメだ!」おじいちゃんが声をあらげた。
「自然の洞窟は、絶対にいかん!」
おじいちゃんは立ち上がると、とだなの引き出しの中に手をつっこんた。チャラチャラ音をさせて取り出したのは、ちえの輪だ。
「ほら。じいちゃんと、勝負しよう」
ぼくは、しぶしぶ、ちえの輪を受けとった。
金属の輪がパズルのように組み合わさっているのを、外せたら勝ち。
去年も勝負をしたけれど、ぜんぜんかなわなかった。今回も、ひっくり返したり、ぎゅうぎゅう押したり引いたりいろいろ試してみたけれど、ちっとも外れない。
テーブルの上に投げ出した、ちえの輪を、おじいちゃんが、つかんだ。
「力まかせにやってはダメだ。無理矢理押しこむんじゃない。一方方向からじゃないと通らないからな」
おじいちゃんの手の中で、カチャカチャっと、あっというまに、ちえの輪は外れた。
「ちぇ。もういいや。虫取りに行ってくる」
立ち上がろうとしたぼくを、おじいちゃんが引きとめた。
「本当に洞窟はダメだぞ。特に、子供しか入れないような小さな洞窟には、化け物がいるからな」
ぼくはもう小学校六年生なのに、子どもあつかいがひどい。めんどうだから一応返事はしておく。
「はいはい」
「返事は一回!」
ぼくは「はい」とこたえながら、心の中で舌うちした。虫かごとアミをひっつかむ。
「西山に行ってくる」
玄関を出るときに、くつばこの上の懐中電灯をポケットに入れた。
外に出たぼくは、目を細めた。
夏の日差しがまぶしい。
「ちえの輪とか、クソつまんねー」
じゃがいもや枝豆なんかが植えてある畑の横の道を、東山に向かって大またで歩いていく。木の上から、セミの声がふってくる。
このあたりには洞窟がいくつもある。お父さんとお母さんと一緒に行った大きな洞窟には、入場料をはらって入った。そういう整備された洞窟のほかに、自然のままのほら穴みたいなのもある。
いくつかの洞窟は、奥でつながっていて、そのもっと先には、地底湖があるらしい。
まだ誰も入ったことがない洞窟に行ってみたい。実はそれっぽい洞窟の入り口を、去年カブトムシを捕りに行ったときに見つけてあった。
炎天下の山道を15分ほど進んだところで、草をかきわけて、山の中に入った。胸くらいまで伸びたササが茂っていて、振り向くと今まで歩いてきた道が、すぐにふさがれていく。
山の中は、目印がなくてわかりにくい。
汗をぬぐいながら、あたりを見回す。
「確か、このへんだったよな、あ!」
草むらにかくれて、ぽっかり空いた黒い穴があった。
入り口は、かがんでやっと入れるくらい。まさに、おじいちゃんが言っていた「子どもしか入れないような小さな洞窟」だ。
思わずこみあげてくる笑いをこらえた。化け物がいるなんて言葉で、ぼくが怖がるとでも思ったのだろうか。
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