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ただいま
捜索願いを出してから月日は流れたが、その後も雄二郎の行方は分からずじまいだった。当初は警察も周りも親身になってくれたが、それも徐々に薄れてきた。智己の親族以外雄二郎のことは記憶から消えていた。季節は巡り厳しい寒さとは逆に汗ばむ夏になる。
「もう夏ですね。もうすぐ八月になりますよ」
「そうだな。雄二郎の奴、もう帰って来ないかもしれないな」
文子と智己は肩を落としたままコーヒーを啜る。
帰って来て欲しいという願いも虚しかった。
「何か不満でもあったのかしら」
「それが分かりゃ少しは手がかりになるんだがな」
それからは沈黙が続いたが智己は用があるらしく出掛けた。娘の明美も出掛けていたため一人取り残された文子。取り残された部屋にはボンボン時計の振り子のカチカチと鳴る音だけが静かに響いた。物音はそれだけだった。その音に文子は眠気に襲われる。
カチカチカチ……静かすぎる部屋。うとうとしていると微かに玄関からただいまという声が聞こえた。はっとする文子。
「雄二郎?」
文子は夢中で玄関に駆け出した。
「何やってたのよ!」
言葉を発しながら玄関に辿り着く文子。しかし、そこには誰もいなかった。
「夢だったのかしら。確かに雄二郎の声だったのに……」
その時、ボンボン時計の音しか聞こえない家に、けたたましいほどに電話が鳴り響いた。
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