四角い箱

「うわ。めっちゃ膨らんでる！」

　私はボールの中を見つめながら声を上げる。
　さっきまでお餅のような状態だったものが２倍ぐらいに膨らんで、白い柔らかそうな生地に変わっていた。

　何かパンっぽくなってきた。

　ふらりと入った食材屋さんで手にしたドライイースト。
　小鳥堂みたいに立派なパンは無理だとしても、自分でもパンを焼いてみたくなったのだ。
　初めはベタベタだったものが一つのまとまりになってきて、それを作業台に打ちつけながら捏ねていくのは結構楽しかった。
　日頃のストレスをぶつけるように。
　会社への不平不満を生地と共に打ちつける。

　このクソ係長。
　ブラック会社め。

　私の怨念が込められているのか、パン生地は初めて作った割によく膨らんでいる。

『初めてでも簡単！　丸パンレシピ』によると、この後ガス抜きをするらしい。

　グルテンの膜がピンと張ったパン生地の表面は意外とさらっとしている。
　手のひらで押すと、ポフポフという心地よい音と共にガスが抜けてゆく。
　せっかく大きく膨らんだパン生地はまた小さくなってしまった。
　でもこの作業は、キメの整ったふっくらとしたパンを作るには必要なことらしい。
　分割してベンチタイム。
　そしてもう一度ガス抜きしてから丸い形に成形して二次発酵。

　私の怨念は尽きることはないのか、再び大きく膨らんでくる。

　私の中の鬱々とした思い(ガス)もこんなふうに有益に使えればいいのに。
　私の中のそれは行き場所もなく、心の奥底に澱のように溜まってゆくばかりだ……。