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「初めてでそれだけできれば上出来じゃない」
小鳥堂の奥さんはそう言ってふわりと優しい笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます」
発酵までは上手くいっていた初めての丸パンも、焼成で綺麗な焼き色が出ず、お焼きのような焼き上がりになってしまった。
奥さん曰く、電子レンジについているオーブン機能では限界があるのだそうだ。
それでも自分の作った焼きたてパンは美味しくて、一人でペロリと食べてしまった。
それにしても……。
レジの後ろにある棚につい目がいってしまう。
このところ前嶋さんに会っていない。
予約用の棚に山型食パンのハーフが置かれていることもなくなった。
さすがに飽きてしまったのだろうか。
それとも朝ご飯を作ってくれる彼女ができたとか……。
いやいや、もしかしたら早起きするようになって毎週開店と共にやってきてるのかもしれない。
「あ、あの……山型食パンと角型食パン。やっぱり配合が全然違うんですか?」
さすがに「前嶋さんはどうしてますか?」なんて訊けない……。
「そうね。角食の方がリッチな配合になっているわね」
山型食パンが外はカリッと中はふんわりな感じに対して、角型食パンは生地がぎゅっと詰まったもっちり食感になっている。
「でも……」
奥さんは厨房の方へ視線を送ってみせる。
その先には長細い食パン型が沢山並んでいる。
「……蓋があるのかないのかで食感は大分変わってくるわね」
「蓋?」
「ウチは山食も角食も同じ大きさの型を使っているの」
「へえ。こんなに焼き上がりの形が違うのに、同じ型なんですね」
「角食は蓋をして焼成することで蒸気が逃げず、しっとりと焼き上がるの。山食は蓋がない分上に膨らむから気泡も大きくなってふわっとした仕上がりになるわね」
「えっ、もしかして角型食パンって蓋をした型の中で膨らんでムギューってなっちゃってるんですか?」
奥さんはおかしそうにふふふっと笑う。
「そうね、ムギューってなっちゃってるんでしょうね。だから気泡も小さくて均一なの」
私は2回ガス抜きしても尚、大きく膨らんできた丸パンの生地を思い出す。
あれだけ膨らむ力があるものを箱の中に閉じ込めたら……。
後から後から湧いてくる鬱々とした思いは四角い箱の中に入れられ、行き場所もなくムギューっとなっている。
大きく成長することもできず……。
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