04. 山を削るために掘る

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04. 山を削るために掘る

 初めてこの山を見たとき、ピーマンに見えた。  苦手な食べものはほとんどないけど、ピーマンだけは受け付けない。あの味あの臭いあの見た目。口に入れるとシャクギャクギュニギシと歯に抵抗してきてくる感じが無理だ。他の人はシャキシャキとか言うけどそんなことない。  ある日、僕は好奇心からピーマンに見える山に入った。山といってもただ草木が生い茂っているだけの歩きづらい道だ。危ないと母には言われていたけどそんなことは全然思えなくてそのまま奥深くまで入っていった。  するとある場所の土の上には色々なものが見えてきたのだ。両親、弟、おじさん、学校の人たち、近所のお爺さん、その他の人たち。人だけではなく、自宅や校舎、通学路の交差点、信号機、公園の入り口、ブランコ、ベンチに座ると邪魔な木。  それを足でかき消すように蹴り飛ばして、それでも消えずに夢中になって素手で掘った。すると僕の中で重苦しく渦巻いていた違和感が消えていた。身体は軽く、家に帰って弟にキックされても余裕でいられた。次の日の学校も比較的穏やかな気持ちでいられた。  それ以来、僕はこの山を掘り続けている。母には初めて反対されたが、山に行った日は決まって弟と喧嘩をしないため、もう諦められている。先生も母がいいならと止めやしない。  だから今日も今日とて山を削るために掘る。そして両手にスコップを携えて掘るのは決まって嫌いだと感じるものだった。  真っ先に学校が浮かび上がるところを掘る。ザクザクと突き刺すように腕を下ろしてから、ガッガッと土をかき分けるように左右に飛ばす。次第に学校の残像は消えていき、次にベンチに座ると邪魔な気が出てくる。それを同じように掘り進める。ブランコが出てきて手を止める。他のところに移動して、コロッケが出てくる。また他のところに移動する。学校の人たちが出てきたので掘る。その繰り返しだった。  そうやって嫌いものが消えるまで掘り進める。毎日毎日掘り続ける。そうしたら嫌いなものも嫌いではなくなると思った。何度も何度もぐちゃぐちゃにして、それらを壊すように掘り進めれば僕の中の意識が変わる。その果てには心の安寧があると思っていた。  なのに。  大きな揺れを感じた。鳥が一斉に飛び出したような気がして、でも認識は追いつかず定かではない。足に伝わる振動が次第に大きくなって僕の体も揺れている。正座すらままならなくなって背中から倒れ込む。何かが背中を抉ったような気がするがそれどころではない。空が揺れているのではないかという錯覚に陥り、頭が痛くなる。吐き気がして、たぶん吐いたと思うけどよく分からない。自分が今どうなっていて、空がどっちか、地面がどっちかも何もかも分からない。「……ぁ」そこで僕の意識が途絶えた。
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