02.周知の事実

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02.周知の事実

 僕が山を削っていることは周知の事実だ。なぜなら、国語の作文で『最近ハマっていること』で発表をしたからだ。  なぜ掘っているのかと聞かれ「別に。なんとなく」と答えた。別に家のすぐそばにあって朝日が入らないとか、逆に夕方眩しいとか、そんな具体的な理由はない。ただただ削りたいという欲だけがあったのだ。  それなのに、僕が理由を隠していると勘違いしたのか、そこからいじめが始まった。初めはモノを隠すとか程度の低い行為だったが、それにも無反応だったから、本格的に殴る蹴るの暴力になった。  僕は弟としょっちゅう殴り合いの喧嘩をしていたので、やり返して返り討ちにした。しかし彼らには大義名分があった。山を削るのは自然破壊だ、理由を聞いたのに無視したなど。  するとなぜか先生は僕を一方的に怒り、親にも怒られて、それを弟にあたる。弟が学校で工作した不格好の自称鹿の角を折ってやった。  次の日まだむしゃくしゃしていたから山を削って泥だらけのまま学校に行くと、臭いと誰かがつぶやいた。どこかで糞を踏んだのだろう。そこから僕のあだ名は『馬小屋』になった。糞とかくっそ低レベルなのが大好きゆえに、しばらくはこのあだ名が続くのだろうなと感じていた。  そしてある日、国語の授業で昔習った作品の話になった。ある子がお気に入りの物語として「スーホの白い馬」と答えた。その瞬間、今までの盛り上がりとは異質な空気が生まれた。表面上は見えない。でも視線と声のトーンが下がったことから、あぁ僕のことを言っているんだろうなということはなんとなく分かった。  そして徐々に身体の底から押し返されるような違和感が生まれる。次第に上がってきて喉元から溢れそうになるそれを胃液と最近知った。その胃液が僕の破壊衝動の引き金だということも最近知った。 ダンッ  それまで木の机の脆い部分を鉛筆でほじくっていたのを辞めて、立ち上がる。その際に椅子が倒れて大きな音を立てた。教室内が静まり返る。誰もが僕に注目してくる。驚き半分、面白がっているの半分くらいだと思った。 「やま……」  山を削りたい。削って削って削りたい。手が痺れてショベルが持てなくなるまで。足で削って靴が土まみれになっても。全身がぐちゃぐちゃになる前に、あの山を削り取りたい。  気づけば僕は怒声を背に受けてもなお、振り返らずに山に向かっていた。
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