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「できないって諦めるんじゃなくて、一生懸命コツコツと努力するんだから」
「できるもん」
「そうだな、お前はできる子だ」
「うん、絶対に山削ってみせるもん」
「そうだなそうだな」
さらにお酒を煽ってから瓶を傾けて再度注ぐ。こっこっしゅわしゅわとコーラをコップに入れるときと変わらない音がする。
「大人ってのはな、無駄に経験を積んでしまうから大人なんだ」
おじさんのこの話は嫌いだ。この時だけなんだか怒っているような険しい表情になってちょっと怖い。
「経験が自分を縛り付ける。できるかできないかの判断もなんとなくわかっちまう」
「すげー、未来が見えるの?」
「あぁ、やったことないことでも、『たぶんできないだろうな』ってなんとなくな」
「いいなぁ、僕も早く未来が見えるようになりたい!」
そうすれば僕が山を削ったらどうなるのか、早く知ることができる。
「でもそうなると終わりの始まりだ」
僕の気持ちと反対に、おじさんの声は萎んでいった。急に縮んだかのように見えて僕も元気がなくなっていく。
おじさんはすごい大人だったらしい。昔初めて会ったとき、今よりももっとちゃんとした服を着ていて、背も高かった。お金持ちで住んでいた家はうちよりも何倍も大きくて広かった。
「だから、そんな大人にはならずに真っ直ぐ育ってくれよ。お前ならできる」
「うん、できる」
おじさんにそう言ってもらえると、不思議と力が湧いてくる。重力が弱まって今にも走り出したい衝動に駆られて、もしかすると数歩ぐらいは空を歩けるような気がしてくる。
「ただいまー」と母が帰ってきた声がした。今からでも山に行きたかった。それよりもお腹の虫が鳴いて悩む。結局負けてご飯をたくさん食べた。明日に備えて早めに布団に入り、微睡の中でも僕は山を削っていた。
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