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06. 僕にはそれだけで十分だった
あの山以外、満足できない身体になってしまっていた。身も心もあの山に囚われていて、満足するには全てを掘り返してもどうにも叶わないような気がして落胆する。カセツジュウタクで過ごす数日間は何も手につかず、僕の頭の中にはあの山だけがそびえ立っていて、その奥の何もかもを隠して見えないようにされていた。
視界の端にモヤのようなのがかかっていたり、何をするにも身体がだるく反応したり、ご飯も喉を通らない。母はそれを心配してプリンやらりんごのすりおろしたものやらを用意してくれたが、僕は一向に食欲が湧かず食べれなかった。それをさらに心配したのか病院にまた連れて行こうとしたとき、おじさんが動いた。そしてドライブと誘われて連れて行かれた先はあの元山だった。
立ち入り禁止で近くまでは行けない。今では普通に歩いていた道も知らない道になっている。学校も公園もあの交差点も何もかもが跡形もない。まるで日常が拗ねて布団にくるまっているかのような光景が目の前に広がっていた。
「ねぇおじさん」
「なんだ?」
僕がおじさんに声をかけるといつもの調子で返事をしてくる。おじさんだけがいつも通りでなんだかホッとした。
「僕は……どうすればいいと思う?」
「何がだ?」
「僕は山を削りたかった……」
「あぁ」
一度声に出すとさらに胸がキュウっと締め付けられる。そのまま僕の口からは言葉が溢れんばかりに飛び出していった。
「削った後なんて分かんなかったけど、削りたかった」
「そうか」
「他の山を見ても何も感じないんだ」
「あの山でもか?」
おじさんの指差した違う山を見て「うん」と頷く。段々と鼻の奥で鼻水が詰まってくる。息苦しくて、視界も滲んできた。こんなにも苦しくなったのはもしかしたら初めてかも知れなかった。
「僕にはこの山しかなかった」
「そうだな」
「僕は……僕はどうしたらいいのかな」
そして最初の質問に戻る。もう涙が堪えきれなくなってわんわん声をあげて泣いてしまう。いつ以来か分からない。泣くのは弟の専売特許だと思っていたのに。カッコ悪いと思いながらも抗えない涙に負けて泣きじゃくった。
しばらくしておさまった頃、おじさんが「そうだな」と再び口を開いた。
「なら、次はプレートだな」
「プレート?」
僕が聞き返すとおじさんは「そうだな……」と少し考えるそぶりを見せてから語った。曰く、プレートというものが地震の原因だと言う。それしか教えてくれなかったけど、僕にはそれだけで十分だった。
「ぷれーと……」
曖昧にだけど僕も知っていた。たぶん地面の下、僕の立っている下にもあって、あの山の下にもあって、この道の先まである巨大なものなはずだった。
山よりも難しくて、厳しい。見えない、大きい、届かない。地下深くにあるらしいそれを砕く。
山の敵討ちだ。
そう考えると不思議と力が湧いてきた。永遠と溜まっていくような気持ち悪いエネルギーが収縮して固まり、そのまま僕の中心に居心地よく据わるようなそんな感覚がした。
「でもぷれーとって……どうしたらいいのかな」
「ゆっくり考えればいいさ。お前にはまだまだ時間がたっぷりとある」
そう言ってからおじさんは踵を返して来た道を戻ってしまう。後を追いかけようとしてふと、視線がおじさんの足に止まる。そして僕の足に移した。拳を作り、膝を二、三回叩く。コンコンと、コンコンコンと。そうかこれだと思いついた。
そして軽い足取りになってそのままおじさんの後をついていく。跳ねるようにして走り、二度意味もなくジャンプする。これだこれだと嬉しさのあまり叫び出しそうになった。
そしてこの日、僕はプレートを砕くことを次の目標とした。
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