01. 僕の生きている理由

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01. 僕の生きている理由

 山を削ることだけが僕の生きている理由だと明言できた。もし削りきれたなら、僕はもう死んでもいいと心から思う。だから昔砂遊びをしたときに使っていた子供用のショベルを両手に持ってオラオラオラと掘り進めている。  遠くで学校のチャイムが聞こえた。空を見上げるとかなり濃いめのオレンジ色の空が夜との境を曖昧にしている。遅くなれば当然、母に怒られてしまう。 そういえば山を削り始めた時に爪の中に入った砂の違和感が消えていた。代わりにずっと同じ体勢でいたので背中や肩、膝がバキバキ鳴る。立ち上がって背伸びをすると頬にかみゆがあった。蚊に刺されていることが手触りで分かった。  自身の姿を見下ろすと泥だらけだった。ひざ部分には泥がピンポイントで張り付いており、その周囲はすでに乾き始めている。お腹の所々にも付いていて、怒った母の顔が浮かんできた。一緒に払うように手で数回叩いてから改めて、今日の成果を眺める。  イメージ的には、例えるならプリンをスプーンでひとすくいしたくらいだろう。それくらいの成果はおそらく、山にしてみれば見た目には影響しない。しかしそれが分かっていても、達成感と疲労感、そして脱力感に心が安堵する。思わずその窪みに飛び込んでしまいたい衝動に駆られる。  それを堪えるために手を握って力を込める。どこか他人の感覚を共有しているような所有感がない。手をぷらぷら振っても何も感じない。それを確認してからまたぐっと伸びをする。  これ以上ちんたらしていると本当に怒られると思い、手のひらサイズのショベルをバケツの中に放り込む。からからと金属同士がぶつかる音が静寂の中に響いて、いよいよいまずいと思い、駆け足で山を下る。 「……うーん、まだまだだなぁ」  振り返って今まで削っていた山を見る。やはり外観は変わらずの山って感じの山なりをしている。  あの山を僕が削って平地にしたら気持ちいいんだろうなと思う。削っているという感覚で僕の破壊衝動は満たされていき、他はどうでも良くなる。おかげで今では弟にも優しくできている。今日もおもちゃを引きちぎることはないなと思いながら、僕はとぼとぼと歩いていた。
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