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家に呼ばれたから期待を胸にしていたのだが。(視点:ユカ)
ただいま、と扉を開いたケンジ君は呟いた。あれ、と疑問が頭を過る。
「独り暮らしなんだよね?」
そう問い掛けると、うん、と頷いた。誰もいないのにちゃんとただいまって言うなんて、律儀で可愛いな。しかも二十六歳で結構ガタイもいい男の人だから、余計にギャップがある。私より二つ年上だけど、そういうの、キュンと来ちゃう。そして、お邪魔します、と私もきちんと口にした。こういうところで隙を見せないようにしなきゃ。
後ろ手に扉を閉める。ふっと振り返った彼が左手を壁に付き、右手を伸ばして鍵を掛けた。距離が近い。顔がすぐ傍にある。
キス、出来ちゃう。
鼓動が高鳴る。家に連れて来たってことは、そういう期待をしてもいいんだよね? でも合コンで知り合ってまだ二週間だし、会うのは三回目だし、私がはやり過ぎなのかな。いや、普通はその気の無い女の子をを男の子が家に上げたりしない。……しない、はず。ましてや今日は初めて二人きりで飲んだ後だ。酔ってちょっと気分がふわふわしているし、そもそも出会いの切っ掛けが合コンだったのだから彼も恋人を欲しがっているわけで。私ばかりが、がっついているわけではない! そう、大いに期待していいんだよ私! いけるところまでいってしまえ! ただし、前のめりになり過ぎないように!
鍵を掛けた彼が体勢を戻すまでの数秒で、迷いを決意に変えた。上がって、と低い声で呟きケンジ君は廊下を進んで行く。慌てて靴を脱ぎ後に続いた。リビングの明かりが灯り、一瞬目が眩む。
「誰よその女ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
途端に女性の叫び声が響いた。うわぁっ、と私の口から反射的に悲鳴が漏れる。
「合コンで知り合ったユカさん」
「名前を聞いているわけじゃないわよぉぉぉぉ!!」
ちょ、ちょっと待って。状況が理解出来ない! 応じたのはケンジ君だ。じゃあこの女の人の声は何!? 焦りながら部屋を見渡したところ。
隅の本棚の上に人が立っていた。肩口までの真っ黒い髪。着ている物は白のワンピース。ただ、目元は真っ黒で底無しの闇のよう。そして激しく歯ぎしりをしていた。
「誰、なの」
問い掛ける声が思いの外、震えてしまった。
「あんたが誰よ!?!?」
途端に指差される。ひっ、と身を竦めケンジ君の影に隠れた。
「だから、ユカさん」
「ふざけるな! 出て行け! 彼は、ケンジ君は、あたしのものだ!!」
「いや君が出て行けよ」
「何であたしを追い出そうとするのよ!?!?」
「そりゃそうだろ」
混乱する私の脇で二人は言い合いを続けていた。わけがわからない。気分が悪い。吐きそうだ。その場に座り込んでしまう。相手は本棚の上で地団太を踏んでいた。うるさいなぁ、とケンジ君が頭を掻く。
「ごめんね、ユカさん。ちょっと待っていてね」
説明が、お願いだから説明が、欲しい。しかし彼はスマホを取り出した。そしてすぐに耳へ当てる。誰かに電話を掛けているらしい。その間も、出て行け! 彼は私のものだ! と、不気味な女は叫んでいた。あの人は何なの? ケンジ君の何なの? そもそも人なの? 滅茶苦茶はっきり喋ってはいるけど、顔が、目がヤバすぎる。
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