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第三章 病院 ─ビョウイン─ 2 第2話
祖母がテーブルの上になにかを置いたようだった。少年はそれを横目で見て言葉を失った。見覚えのある三台のスマートフォンが置かれていた。それは父と母と、そして妹のものだった。三台とも画面が割れており、ところどころへこみがあった。少年が顔を上げて祖母の顔を覗き込むと、祖母がゆっくりと話した。これらはあなたが持っておいたほうがいい、そんな内容だった。
祖母の話は続いた。
警察から連絡があったのは二日前の夕刻のことだそうだ。旧中仙道、今では国道十九号線というのだが、『奈良井宿』を過ぎた辺りで五台が絡む玉突き事故があり、その事故に巻き込まれた人たちの中に、祖母の住所と同じ本籍地の免許が見つかったので問い合わせがあった。名前を告げられて祖母は絶句したそうだ。とても信じられなくて、もう一度ゆっくりと話すよう求めたところ、自分の息子だとわかった。同乗者は三人いて、運転手以外の人物は特定できなかったことを告げられた祖母は、おそらく息子夫妻と孫たちであろうと伝えた。そして、四人が近くの救急病院に搬送されたと知らされた。当初、少年は非常に危険な状態であったので、集中治療室で経過観察が必要であり、すぐに面会はできなかった。少年が意識を回復して一般病棟の個室に移されたので、病院側から祖母に連絡があり、慌てて駆けつけた、という次第だそうだ。
少年は耳を疑った。自分が丸二日間昏睡状態だったことに驚いてしまった。たしかに、自分の身体の状態を鑑みれば、そういうこともあり得ないことではなかった。事故に遭って身体を圧迫され、激しい振動で頭も強打して意識が朦朧として気を失い、更に身体の一部まで切除されたのだから、と。
祖母がよかったねと言ったのは、こんな身体でも一命を取り留めたことが、心の底から嬉しかったのだろう。全員が亡くならなかったのは、本当によかったと思ったのだろう。
少年は祖母の顔を正面から見つめた。口を動かそうとしたが、言葉にならなかった。祖母は優しそうな笑みを浮かべていた。それで、充分だった。
祖母はほかに、テーブルの上にあるものを置いた。三種類の菓子パンと温かい紅茶のペットボトル、それにチョコレートとスナック菓子だった。若い子の好みはわからないからねと、笑いながら話していた。無理に笑っていることは少年にはわかっていた。お通夜みたいに暗い顔をしていても、余計に落ち込んでしまうし気が滅入ってしまう、そう気を遣ってくれたのだろう、と。その思いを汲み取って、少年も笑った。ぎこちなくだったが。
祖母はこれからのことを話しに来たと語った。その身体では一人で大阪に住み続けるのは困難だ、と。それに、心にも深い傷を負ってしまっているので、誰か側で支える人が必要だろう、と。幸い松本の家には祖母が一人で住んでいるし、部屋も充分に余っている。学校のことも、障害者を受け入れてくれる高校もある。蓄えも充足しているので、松本に来るつもりはないかと尋ねられた。
少年はちょっと待ってくださいと答えた。大阪には友人もいるし、そのほかのこともよくよく考えて、最も良い方法を探すつもりでいるし、この場で即答はできません、と。
祖母は顔を曇らせて、言いにくそうに話した。
生活するにはどうしてもお金が必要で、今の少年の身体の状態では仕事に就くことも難しい。家のローンも残っていると父から聞かされていたし、十六歳で一人暮らし、しかも身体的な障害も抱えてしまったので正直心配だ。少なくとも松本に来れば、金銭的な問題は充分とはいえないかもしれないが、二人で生活するのには困らない。田舎の料理が口に合うかもわからない、でも、買い物するにも困らない。それだけでも苦労の種は一つ、二つは減るのだと、そのように説得された。
少年はもう一度、待ってくださいと繰り返した。
とてもありがたいお話です。でも、ご迷惑をかけることがわかっていて、お世話になるのは心苦しい。だから、少し待ってください、と。
尚も説得を試みる祖母に対して少年は、頑なに、今すぐ決断はできませんと答え続けた。結局祖母も折れて、また明日顔を見せるので、その時にでも、ということに落ち着いた。
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